1910年の明日2月7日にイギリスの世界制覇を支えていた王室海軍をケンブリッジ大学の学生たちが手玉に取った偽エチオピア皇帝事件が発生しました。
この世紀の喜劇の企画・演出・主役はアイルランドの富裕層の息子でケンブリッジ大学の2年に在学中だったホレス・ド・ヴィア・コールくんで、これまでも労働党のマクドナルド党首に変装して党大会を開くと労働党を糞味噌に誹謗しながら政敵のトーリー党(現在の保守党)を賞賛して参集した支持者を唖然とさせるなどの大掛かりな悪戯を繰り返していて、この事件の数年前にも新聞でアフリカのザンジバル王国のアリー・ビン・ハムード8世スルタンのイギリス訪問を知ってケンブリッジ市を騙す大狂言を演じていました。
それは「スルタンがケンブリッジ市訪問を希望しているので式典と市内見学を用意するように」と言う偽の電報を市長宛に打ち、友人の劇団員からアフリカ風の衣装を借りて顔に黒の化粧をして特等列車で駅に到着したため市長以下は完全に騙されて大学の寮の門限になって慌てて駅に向かうまで誰も気づきませんでした(駅の通用口から抜けて友人宅で着替えて寮に戻った)。しかし、コールくんの悪戯はあくまでも趣味なので成功すれば直ちに告白するため、この悪戯も市民に知れ渡り拍手喝采を受けたのです。
するとその成功を耳にしていたイギリス海軍士官の友人が「海軍内では最新鋭の旗艦のドレッドノート(弩級戦艦の由来になった)と他の艦艇の処遇格差が不満を生んでいる。得意の悪戯でドレッドノートに一泡吹かせて欲しい」と頼まれて大学の悪戯仲間の5人を共演者にしてイギリス海軍を騙す大狂言を打つことにしたのです。手順と演出はケンブリッジ市の時の踏襲で当日に外務次官の名前で海軍司令部に「エチオピア帝国の皇帝一行がポートマス海軍基地を訪問するから歓待するように」と言う電報を打ち、同じようにアフリカ風に変装した4人と外務省の随行員と通訳の6人でコールくんが自腹を切って用意した特別列車で海軍基地があるウェイマス駅に到着したのです。ところが海軍はエチオピアの国旗と国歌を知らず駅前で行われた歓迎式典ではザンジバル王国の国旗を掲揚し、国歌を演奏しましたがコールくんも同様だったので事なきを得ました。
それでも海軍は誠実に対応してコールくん一行を軍需工場や艦艇に案内しましたが、問題のドレッドノートの中でコールくんが両手をかざして「ブンガ、ブンガ」と声を上げたので心配した艦長が「何か失礼があったのか」と通訳役の大学生に訊くと「エチオピア語の感嘆詞だ(勿論、嘘)」と説明したので、艦長も一緒になって「ブンガ、ブンガ」と声を上げ、それを見た乗組員たちも「ブンガ、ブンガ」を真似たそうです。
こうして悪戯に成功したコールくんはロンドンに到着すると大衆紙のデイリー・ミラーに顛末を告白し、それが報道されると市民は爆笑しながら拍手喝采し、嘲笑された海軍は怒り心頭に達しましたが法律は犯していないので処罰はされず(厳密に言えば公的身分の詐称や公費の不正支出などの罪に問えるかも知れませんがそこは紳士の国です)、若手海軍士官たちが皇后役の女子を除く5人の尻を形式的に打っただけで終わりました。
その年、イギリスでは「ブンガ、ブンガ」が流行語になったそうです。
- 2022/02/06(日) 15:28:26|
- 日記(暦)
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