「本当に日本で戦争が始まるの」松真からの電話を切って振り返ると梢が深刻な顔で訊いてきた。松真が第8航空団の教え子たちから集めた緊急発進機の撃墜とパイロットの殺害の詳細な説明を聞いて日本が直面している危機的状況を感じ取ったようだ。やはりオランダから遠望していると現地の住民=日本人よりも客観視できる。
「松真の言い方では危機感を持っているのは自衛隊だけみたいだが、中国が背中を押しているとすれば韓国は戦争に向かって突き進むだろう」松真は第1術科学校の教官として全国の部隊に人脈を構築したようで緊急発進するパイロットたちの体験談も伝聞情報として把握していた。しかし、マスコミは韓国側の軍事挑発は一切報道せずに自衛隊の暴走を危険視する批判だけを繰り返し、石田政権も同調していると憂いていた。
「今回の手口だって始めからパイロットを殺す気だ。編隊を前後に変えてウィング・シグナルのために前に出るのを待っていた。要するに日本側の交信を傍受していたんだ。それで要撃機が前に出ると即座にバルカン砲を発射して撃墜、後続機は速度を落としてベイルアウトしてパラシュートが開いた時に通過しながら銃撃して傘を破損させる。するとパイロットは落下して死ぬと言う手順だ。それでも後続機はエンジンがパラシュートを吸引することを避けた自救措置だと言っている。確信的犯行だな」梢も電話に接続しているスピーカーで会話は聞いていたが、私の説明は判りやすく噛み砕いているので悲惨さと凶悪性が際立ったようで目に憎悪に近い怒りが点った。こんな厳しく険しい目は今まで見たことがない。
「どうしてそこまで残酷なことができるの。これまで韓国とは友好的につき合っていたはずなのに」「それはA日新聞が弄している虚構だよ。韓国のマスコミは軍人政権の間、報道規制を受けていて政府を批判する記事は書けなかった。そこで北朝鮮を賞賛して韓国を批判していたA日新聞の記事を外国の話題として紹介して代弁させたんだ。だから今では師弟関係に近い盟友でA日新聞は韓国マスコミの反日報道のネタ元と言われている。結局、日韓友好なんてA日新聞が君臨している日本のマスコミが国民に韓国を批判させないように演出している虚構だよ」これは私が弁護人としてイージス護衛艦と漁船の衝突事故の裁判で勝訴を勝ち取ったことでA日新聞に目をつけられ、二村由美事務官の不用意な情報漏洩で取材を受けて民政党の野畑政権の閣僚の靖国参拝を批判する記事が掲載された時に個人的に調べた裏情報だ。
「おまけに韓国の政界は与野党に関係なくA日新聞の仲介で日本共産党と連携しているんだ。反日だけで闘争方針は一致するじゃないか」「何だか沖縄県内の政治みたい」ここで梢は大きく息を吐き、目から怒りを消した。
「一方、中国は今の政権になってから大きく変質したとは思わないか。毛沢東の時代は安全保障理事会の常任理事国を名乗るのが恥ずかしいくらい国力が劣っていたから世界制覇の野望は狂人の妄想に過ぎなかったが、今はそれだけの実力を手に入れた」私の解説が2幕目に移ると梢の目は怒りから怯えに変わった。ヨーロッパではEU統合当時の経済危機に乗じて急速な経済発展を遂げていた中国が潤沢な資本を投下して主要な産業の株式を買収した。しかもアジアでは暴君のように振る舞う中国がヨーロッパでは別国家のように紳士的な態度を取っていたため社会に深く喰い込んでいた。それが今の政権に変わった頃に華僑と南北朝鮮人の移民が結託して市民団体を組織すると主に反日の社会運動をヨーロッパ各地で繰り返すようになっている。それを梢も新聞やニュースで見て脅威に感じているらしい。
「スターリンがイギリスやフランスを無視してアメリカとの直接対決に臨んだように、中国が恐れているのはアメリカだけだ」「確かに香港であれだけの人権弾圧をやってイギリスの面子を丸潰れにしたんだもん、全く眼中にないようね」香港の人権弾圧は国際社会が中国の細菌兵器=新型コロナ・ウィルス感染症に意識を奪われている間に中国本土と同様の法制度と取り締まり組織、そして活動家の逮捕・拘束・監視態勢が完成し、イギリスの影響力は統治時代の民主主義社会の記憶を含めて消滅した。
「今の政権としては民政党政権の成立で日本を韓国並みの属国にできると思ったんだが、日本人はそこまで馬鹿じゃあなかった。代わって登場した加倍政権は短期間で日本を強国に作り変えてしまった。だからマスコミを使って懸命に足を引っ張って細菌兵器への対応で退陣に追い込んだ。ところが交代したのが管政権だ。これも同じ手で潰してようやく自民党内の亡国派閥の石田政権の登場だ。今の政権は共産党大会で野望の実現を公約した以上、このチャンスは逃せない。日本は香港と同様に民主主義国家としての存在を消滅させるつもりだろう」「だから戦争なのね」私の見解に梢は重苦しい声で返事をした。それにしても現在の中国は私が記憶している愛知大学の素朴で前向きだった中国人留学生たちの母国とは決して思えない。
- 2022/02/08(火) 15:38:23|
- 夜の連続小説9
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