「本当に戦争になるんですか」西部方面総監は対馬駐屯地を視察し、駐屯地司令を兼務している対馬警備隊長を伴って対馬市長を表敬訪問した。市長は通常は来客側の人数に合わせて同席する幹部を人払いしたのか単独で対面すると開口一番、単刀直入に本題を質問してきた。やはり国境の島の自治体の長が肌で感じている緊張の激化は東京や九州本土の傍観者たちとは深刻さが違うようだ。この市長は2021年に加倍政権が対馬北端の海上自衛隊の対馬防備隊の監視所周辺の土地が韓国資本に売却されている異常事態に対応するため土地利用規制法を成立させた時も「国防上、そして市民を守る上から重要な施設周辺の土地が外国人などに買われることは好ましくなく、私としては歓迎する」と発言している。
「日本は戦争を放棄していますが、侵略を受ければ対処しなければなりません。要は相手次第です」「それ以上は言えないお立場は理解します。『やまねこ軍団』には全幅の信頼を置いていますが、実力を発揮する機会が訪れないことを願っています」市長の返事に隊長も険しい顔でうなずいた。「やまねこ軍団」とは山中や森林での訓練に明け暮れる対馬警備隊に島民がつけた愛称だ。対馬警備隊は人員的には本部中隊、普通科1個中隊、中隊規模の後方支援隊と小規模だが、所属隊員の多くはレンジャーと狙撃手で隠れた精鋭特殊部隊として勇名を馳せ、隊長には連隊長と同格の1佐が配置されている。
「この島は革新が強くて『やまねこ軍団』にもご苦労をかけています。普通の離島は援助金を獲得するために嫌いでも表向きは政権与党を支持するものですが、対馬は農業と水産業で食糧は自給自足していて観光事業で経済的にも自立できていたから媚を売る必要はないとアカラサマに反抗してきました。おまけにバブルの崩壊で本土からの観光客が激変すると入れ替わるように韓国の観光客が急増して今では完全に依存しています。以前は九州本土に就職していた若者が最近は韓国語を勉強して釜山に就職するようになって、経営者の高齢化で維持できなくなったホテルや民宿、飲食店が次々に韓国人に買収されています。ですから武力で侵略されなくてもすでに資金で買収されてしまっています」市長の説明で総監は先日の極秘作戦会議で情報部長が報告した対馬の「自衛隊の撤退を要求する市民運動」の背景を理解した。少なくとも「次元が違う」と嘲笑している場合ではなかった。
「仮に韓国が武力侵攻してきた場合、島民の疎開はどのようにお考えですか」「疎開ですか・・・本土への避難のことですね。疎開と言われると戦時中の対馬丸の悲劇を思い出してしまいます」市長の意外な反応に総監と隊長は顔を見合わせた。「対馬丸の悲劇」とは沖縄へのアメリカ軍の侵攻に備えて那覇国民学校の児童1514名を本土へ疎開させるため介助者と共に乗船させて那覇港を出航した日本郵船の貨物船・対馬丸が昭和19年8月22日に奄美大島と種子島の中間海域でアメリカ軍の潜水艦の雷撃を受けて1484人が犠牲になった史実だ。船名は偶然の一致としても敵対行動を取っていない対潜哨戒機や緊急発進機を一方的に撃墜している韓国軍が同じ凶行を繰り返さないとは限らない。この口ぶりでは市長は沖縄戦の直前に赴任して、開戦後は戦闘に集中する軍が置き忘れた住民の保護に尽力して消息を絶った島田叡(あきら)知事に自分を重ねているのかも知れない。
「今の島民の意識を考えると本土への避難は希望者限定にせざるを得ませんね。残った島民は上陸してくる韓国軍に大極旗を振って歓迎するかも知れません」「現行法ではそれを禁止することはできませんが、山中に潜伏した我々の所在を韓国軍に通報する可能性も否定できないのではないですか。そうなると島民は残らず退去させなければなりません」「対馬の人口は28000人弱ですから大型フェリー3隻で移動可能でしょう。1回だけなら海上自衛隊に航路を警備させることもできるはずです」隊長も個人的に研究に着手しているらしく意外な提言を口にした。ただし、海運は素人なので日本の海運会社が運航する対馬の厳原港に停泊可能な大型フェリーの平時の乗客の定員900人弱で見積もったらしい。戦時の緊急輸送であれば安全や乗り心地は無視して目一杯鮨詰め状態が常識だ。
「しかし、自衛隊が待ち構えていれば上陸する韓国軍は空襲と艦砲射撃を徹底的に加えてくるんじゃあないですか。そうなると対馬は焦土と化してしまう。今の沖縄ではノーベル賞作家と県知事が広めた『本土の捨て石にされた』と言う被害者意識が蔓延していますが、対馬も同じ傷を負うことになる」これは「自衛隊の撤退」を要求している市民団体の代弁による解説のようだ。これにツシマヤマネコと自然環境の保護が加わる。
「対馬には何度も朝鮮の侵略受けて島民が大虐殺された歴史がある。それが対馬に限らず国境地帯の住民が負っている宿命なんです」「そうです・・・」総監が冷厳な現実を投げかけると市長は全身から重苦しいオーラを発して相槌を打った。
- 2022/02/10(木) 15:45:20|
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