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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ31

「愛する郷土を戦場にされないためには自衛隊を撤退させなければならない」西部方面総監の視察を受けて対馬の革新勢力は水面下で進めていた自衛隊の撤退を要求する政治運動を公然化させた。市の中心街で宣伝活動には本土の動物愛護団体も加わり、ツシマヤマネコの着ぐるみが愛嬌を振り撒いているが、よく見ると白色の猫の着ぐるみに黒のペンキで縞の模様を描いたただけの粗雑な作りだ。対馬市では公式キャラクター「つしにゃん」やゆるキャラの「しまひこ」「たまひめ」が活躍しているので、かえって馬鹿にしているように見えてしまう。
「自衛隊はこの平和な島を戦場にするために存在している。自衛隊が撤退すれば軍事的な脅威が解消するから武力攻撃を加える必要はなくなる。対馬は対岸とこれまで通りに平和的で友好な関係を維持することができる。それがこの平和で美しい島を守ることなんだ」市内の高校の教師と紹介された男性は市会議員の選挙用を借りたらしい街宣車の横でマイクを握って熱弁を奮っているが、商店街の店主たちは店先に置いた椅子に腰を下ろして見ているだけで、買い物客たちも足を止めることはない。着ぐるみが母親に手を引かれている幼児に近づいたが「しまひこの方が可愛い」と外方(そっぽ)を向かれてしまった。
「続いて沖縄から来て下さった金城賢明先生です。先生、どうぞ」「対馬の皆さん、はじめまして金城です。対馬が私の沖縄のように本土の捨て石にされようとしていると聞いて居た堪れずに駆けつけました」遠路はるばるやって来た弁士に変わっても聴衆は発生しない。隣りで対馬の運動員たちが申し訳なさそうな顔をしているが金城は構わず話を続けた。
「160もの島が点在する琉球諸島の中で何故、沖縄本島と慶良間諸島、伊江島だけがアメリカ軍の攻撃対象になったのか。それは沖縄本島が日本の陸海軍に要塞化されていて、慶良間諸島には海軍の水上特攻部隊、伊江島にも守備隊が存在したからです。つまり軍隊が存在した島が攻撃を受けたのです」「宮古島と石垣島にも日本陸軍の第28師団がいたぞ」「日本軍の主力は沖縄よりも台湾だったじゃないか。嘘をつくな」金城が独演会のつもりで自分の高校の授業で生徒に教育している沖縄戦史を語り始めると高齢の男性たちが歩み寄って罵声を浴びせた。この世代の島民は李承晩政権が日本海に一方的に支配海域を設定して日本の漁船が韓国の警備艇に銃撃を受けて多くの漁民が殺害された事件を見て育っているので韓国に対する敵意と危機感を抱き、朝鮮による侵略を受けてきた対馬の郷土史と沖縄戦や千島列島、樺太での熾烈な防衛戦に至る日本軍の離島での戦史を研究してきたのだ。
「それでは貴方たちは対馬も沖縄本島のような鉄の暴風を吹き荒れさせて市街地はおろか森林も残らない焦土にしてしまっても良いと言うのですか」「そうならないためには自衛隊を増強してもらって韓国が手を出せない盤石の防衛態勢を構築するしかない」「占守島の守備隊の奮戦でソ連軍の千島侵攻が遅れたおかげで北海道への上陸を阻止できた。だから石田の日本政府は判ってなくても自衛隊は対馬の重要性を認めているはずだ。だから方面総監閣下が現地視察されたんだろう」戦史と防衛に関する議論ではこの男性たちに勝てないことを認識した金城はマイクを対馬の高校の教師に渡すと街宣車の中に逃げ込んだ。すると中年の女性が出ていてマイクを受け取り、ツシマヤマネコの着ぐるみが寄り添った。
「ツシマヤマネコは沖縄県西表島のイリオモテヤマネコと共に日本に生息するただ2種類のヤマネコです」この女性は動物愛護団体の代表らしい。
「意外に知られていませんがツシマヤマネコもイリオモテヤマネコと同様に1994年に環境省によって国内希少野生動植物種に指定されています」「そんなことは対馬の人間なら知ってるぞ」「偉そうに講釈を垂れるな」今度は高齢の男性と沖縄の教師の口論に興味を持って近寄ってきた初老の男性たちが合いの手のように声をかけた。
「その皆さんの大切なツシマヤマネコの生息数は2010年から2012年の調査で70頭から100頭とされていて絶滅が危惧されています」中年の男性たちもこれには異存がなく黙ったので隣りの着ぐるみが胸を張った。素人臭い下手な演技だ。
「それでなくても対馬では北部まで自動車道が整備されて自動車に撥ね殺されるツシマヤマネコが増加しているのにこの島が戦場になれば絶滅してしまうのは間違いありません。この島は人間だけの所有物ではないことを理解して下さい」つまりツシマヤマネコのために対馬の島民は韓国の侵略に抵抗するなと言う都会の市民団体が得意とする論理だ。すると中年の男性たちは思い掛けない反転攻勢をしかけてきた。
「祖父さんからヤマネコは美味いって聞いたよな」「昔は専門の猟師がいたって言ってたぞ」2人が話しながら視線を送ると「美味い」と言われたツシマヤマネコの着ぐるみは怯えたように後退さった。今度は役になり切った上手い演技だ。
  1. 2022/02/11(金) 14:11:06|
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