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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ35

「対馬を戦場にするべきか・・・」対馬の視察を終えて建軍に戻った西部方面総監は自問自答を重ねていた。表敬訪問した対馬市長との対話で「国境の島」の特殊事情を再認識したこともあるが、それ以上に面積708・7平方キロメートルに過ぎない対馬を戦場にするには28000人弱の島民全員を疎開させなければならない。住民の危険回避は市役所の職責だが、自衛隊にも戦争法(=戦時国際法)で文民保護は課せられている。住民が島内に留まっていれば戦闘に多大な制約を受けるが、それ以上に秘密保全上の必要がある。
「対馬の面積は熊本で言えば八代と変わらないんだな。あそこを戦場にするとなるとかなり手狭だぞ。まるでプロレスのリングだな」方面総監は立ち上がって壁に掲げている西部方面隊の担任範囲の北は対馬から南は沖縄の八重山諸島までの大地図を眺めながら独り言を呟いた。確かに熊本県南部の八代市の面積は681平方キロメートルなので対馬と大差はないが、地続きの八代と孤島の対馬では戦闘の舞台としてはかなり条件が違う。方面総監は自分の「リング」と言う例えを自賛しながらうなずいた。日本陸海軍11640人とアメリカ軍54800人が激突した沖縄本島は1199平方キロメートルだが主戦場は南半分だった。最近は玉砕戦の代表になっているサイパン島は122平方キロメートルでも日本陸海軍31624人とアメリカ軍127000人が戦った。硫黄島に至っては21平方キロメートルの小島で日本陸海軍20933人、アメリカ軍111308人が血みどろの激闘を繰り広げた。そうなればヤマネコが棲む対馬の深い森が焦土と化すのは間違いない。今回の視察で見た風景を思い出しながら方面総監も気分だけは動物愛護団体に同調した。
「東北の地震の原発事故で地元の自治体が丸ごと避難したんだったな」執務机に戻ると島民の疎開の可能性の思案を再開した。日本国憲法では緊急事態に政府が国民の権利を制限する規定がないので要請までだが、東北地区太平洋沖地震の大津波による福島第1原子力発電所の崩壊・放射能漏れ事故後に民政党政権が翌日の早朝に発した周囲20キロ以内の避難指示を受けて全域が範囲内に入る双葉町は全住民の半数を超える4000人以上が山間部の川俣町に避難した。その後、避難が長期化することが確実になり、役場を含めて住民約1200人が埼玉県内に移動した。しかし、この事実上の強制避難が実施できたのは住民が放射能に対する恐怖心を共有していたからであり、戦争は「降伏すれば回避できる」と主張する者が必ず現れるので、避難を拒否して自ら侵攻軍の人質になる事態を想定しなければならない。
「問題は韓国の侵略目的が対馬占領で終わるかだ」方面総監の思案は次の段階に展開した。在韓国防衛駐在官の報告では韓国国内ではマスコミが「対馬島は古代から朝鮮固有の領土であり、日本に占領されていた領土の奪還は正当な歴史の修復だ」と言う世論を扇動していて韓国軍内でも李明博政権当時に研究した軍事作戦の再検討が始まっているらしい。
「韓国単独なら対馬までで限界だが中国が後押ししているとなると・・・本格侵攻、全面戦争も有り得るぞ」これは陸上総隊司令官と一緒に陸上幕僚長に呼びつけられた時に聞いた話だ。自衛隊が全幅の信頼を置いていた加倍政権を除けば制服組限定の絶対秘になっている海外での諜報活動を行っている非合法組織がアメリカ国内で調査した結果、在アメリカの中国系と朝鮮半島系の移民組織は対日戦争が始まった時に日米安保条約の発動に反対する大規模な市民運動を起こす準備を進めており、親中派の政治家に多額の工作資金をバラ撒いて議会内での反対派を着々と増やしている。さらに国際連合でも中国が手中に収めている国際機関や長年にわたる武器供与と軍事指導で配下にしているアフリカ諸国を常任知事国の立場で指揮してアメリカの軍事介入を阻止する手筈を整えていると言う。外務省でもこの危機的状況を報告しているが石田政権の反応は鈍く、閣議でも立野官房長官は外務大臣と防衛大臣に過剰反応しないように釘を差すのを専らにしているようだ。
「仮に日本全土で戦争になると対馬のために最精鋭部隊を失うのは得策ではないな。あの戦闘能力は九州や本州での遊撃戦で発揮させねばならん。逆に対馬警備隊を撤退させるか」再び対馬島内の戦争反対運動に同調することになり、方面総監は苦笑してしまった。
「それにしても日本軍は戦略的価値が全くない太平洋の離島に将兵を配置して玉砕なら兎も角、兵站が遮断されて飢餓で全滅させたが一体何を考えていたんだ。俺は対馬の戦略的価値と戦力の重さを計算しているぞ」執務机から視線を再び壁の大地図に向けると沖縄方面の離島まで視界に入った。韓国と同時に中国が軍事侵攻してくるとなれば西部方面隊は2正面作戦を遂行しなければならない。沖縄戦での日本陸軍は沖縄本島に配置されていただけでも2個師団と1個旅団なので西部方面隊の全戦力だ。そうなると遊撃戦で消耗を強いる以外の戦術は選択できない。正規軍のミニチュアに過ぎない陸上自衛隊では始めから判っていることだ。
  1. 2022/02/15(火) 14:16:39|
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