fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ36

同じ頃、伊丹駐屯地の中部方面総監部でも陸上幕僚長に呼ばれた方面総監が持ち返った日韓の軍事衝突に対する作戦会議が始まっていた。中部方面隊でも先行している西部方面隊の方式を踏襲して参加者の顔ぶれや議題は言うまでもなく会議の実施自体を絶対秘として、事前に情報保全隊に盗聴機の存在を確認させた総監室応接セットにしたところまで模倣した。
「日韓が開戦すれば韓国軍は先ず対馬に侵攻するでしょう。我が中方管内では見島に少数の特殊部隊が潜入して空自のレーダー・サイトを破壊する可能性が高い」「見島は山口県の萩市沖の離島だったな」「すると山口の17普連の担当か」会議が防衛部長の状況分析から始まる台本も西部方面隊式だが会議の存在さえも絶対秘のはずなので情報の出所は謎だ。中部方面隊の守備範囲は北陸東海から中国四国まで広域なので2個師団、2個旅団の31カ所の駐屯地と5カ所の分屯地が分散していて全てを頭に入れるのは簡単ではない。
「見島の空自も第17警戒隊なんだよね」「ところがあっちは航空の西方(正しくは西部航空方面隊)だぞ」幕僚の言い間違いに方面総監は海空自衛隊との関係の希薄さをあらためて認識して険しい顔をした。方面総監は日本人が文明開化に浮かれていた明治初期に英語や西洋文化を売り物にする私塾が乱立していた中で漢学と国学を専らした二松学舎大学の出身なので、陸海空が同じ学内で4年間の寮生活を送る防衛大学校出身者たちが他の自衛隊に対抗意識や無関心をアカラサマにしていることが理解できなかった。
「見島ではありませんが空自の総合演習の基地警備訓練でゲリラをやった隊員は『最近の空自は手強い』と言っていますから見島守備隊も務まるでしょう」「確かに離島への戦力の分散配置は愚の骨頂だからな」幕僚同士の見解の交換も方面総監は黙って聞いている。この航空自衛隊の基地警備能力の強化は第3術科学校での森田敬作定年2佐の教育の成果なのだが中部方面隊の総監部にまでは知られていないようだ。
「仮に韓国が日本本土にまで侵攻する事態になれば隠岐島には空港がありますから上陸占領の危険が高まります」「離島の空港では軍用機が離着陸できるような滑走路じゃあないだろう」「確か2000メートルなので・・・どうでしょう」資料を持ち込めないためここでも知識不足が露呈した。韓国空軍の主力戦闘機のFー16は機体が軽量なため武装しなければ離着陸に要する距離は1000メートルを切る。輸送機のCー130も離着陸可能なので補給も支障がない。ただし、滑走路の強度が軍用機の使用に耐え得るのかは参加者を局限しているので素人には判らない。それでもヘリコプターの基地にするには十分だ。
「隠岐島は第2次世界大戦では広島の暁部隊が守備隊として派遣されて、島民を本土に疎開させたんだよ」「それは13師団へ行った時、海田市の資料館で見たな」「残念ながら我々には船舶工兵がない。美保の空自の輸送機でピストン輸送させるしかないな」この幕僚は隠岐島の人口が13300人弱であり、美保基地の第3輸送隊が運用するCー2輸送機の着陸距離が2000メートルを超えることを知らないらしい。
「能登半島への着上陸の可能性はどうだ」「とすれば海兵隊が主力となりますが、ウチの普通科で対抗できるかは・・・」黙って聞き役になっている方面総監に代わって幕僚長が質疑応答で会議を進行すると防衛大学校の後輩の幕僚たちは回答に窮した。金沢駐屯地の第14普通科連隊は守山駐屯地に師団司令部を置く第10師団の隷下だが、帝国陸軍の時代から東海地方の第3師団は日露戦争やシベリア出兵、第2次上海事変に派遣されても「またも負けたか」と馬鹿にされていた。それは古くから東海地方は道路網が整備されていて住民の足腰が弱く、気候が温暖なため身心共に耐久力に欠け、農業と漁業の生産が豊かなので空腹を我慢できないからだと言われている。陸上自衛隊になってからも若者の大半は愛知県内の企業や大規模店に就職するので自衛隊の志願者はレベルが劣る。その点、北陸の第14普通科連隊は第10師団では最精鋭と言われているが比較対象が問題だ。幕僚たちも戦史を研究しているので朝鮮戦争やベトナム戦争での韓国海兵隊の残虐性を伴う強さは熟知していて両者が実戦で相対した時の悲惨な状況は想像するのも恐ろしかった。
「能登半島に上陸される前に舞鶴の海自に撃沈させることだ。小松の空自も頑張るだろう」戦力に自信が持てない幕僚は他人任せの見解を口にした。九州男児の集団である西部方面隊では絶対に許されない弱気な態度だ。
「ここで諸官たちに考えてもらおう。仮に北朝鮮の通常弾頭のミサイルが敦賀の原発に命中したならどうする」「何発かにもよりますが、おそらく福島第1の規模を超えますね」「それでは通常弾頭でも核弾頭と同じでしょう」幕僚たちは考えてもいなかった事態の質問に愕然としながら独り言を並べ始めた。実はこれは方面総監が陸上幕僚長から与えられた研究課題だった。
  1. 2022/02/16(水) 15:53:16|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2月17日・俵藤太(たわらのとうた)こと藤原秀郷の命日 | ホーム | 続・振り向けばイエスタディ35>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7472-cbfac004
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)