「ジャパン・コーストガード(日本の沿岸警備隊=海上保安庁)に告ぐ、これ以上の独島への接近を禁止する。接近を強行すれば武力行使する」雲海漁協からの通報を受けた隠岐島の境海上保安部隠岐海上保安署は巡視船を出動させ、空が白んでくるのを待って竹島付近で捜索を開始した。すると韓国海軍の高速艇が前方を遮るように通過して無線で警告してきた。
「こちら日本国海上保安庁、隠岐海上保安署の巡視船・たんぺ、昨夜0245頃、消息を絶った漁船3隻を捜索中」「日本国と我が国は準交戦中である。武装した戦闘艦の進入は拒否する。進路を変更しなければ武力行使によって阻止する」巡視船・たんぺが英語と韓国語で人道目的の捜索であることを説明したが、高速艇は回答しながら進路を変えて並走し、乗員が前部甲板と後部甲板の火砲をこちらに向けた。韓国海軍の大鷲(チャムスリ)級高速艇と180トン級巡視船・たんぺでは全長が44メートルと46メートル、排水量は210トンと195トンで大差はないが、武装は30ミリ機関砲と20ミリバルカン砲各1門に対して20ミリバルカン砲1門なのでいささか分が悪い。そもそも日本の海上保安庁は敗戦直後の厭戦気分の中で制定された海上保安庁法第25条で「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を含むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と規定しているように戦時には海軍の指揮下に入ることが常識の世界の海上警察の中では極めて特異な警察業務専門組織なので巡視船も戦闘艦ではない。
「我々は日本国と大韓民国が準交戦中と言う認識は持っていない。人命尊重の観点からも捜索を続行する。この海域は公海であり、日本の漁業専管水域内である」「退避しないようなので警告射撃を実施する。仮に命中しても当方の責任ではない」高速艇は巡視船・たんぺの反論に即答すると同時に後部甲板のバルカン砲が火を噴いた。
「緊急回避、面舵一杯、前進全速」「緊急回避、面舵一杯、前進全速」船橋では船長が回避行動を指示し、航海士は復唱しながら舵を目一杯右に切った。機関士は船首の向きが変わるのを待って最大出力で全速度に上げた。
「着弾は船尾から20メートル後方、被弾箇所なし」「了解、進路と速力を維持しろ」船長は背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じながら振り返って船橋の後部窓を覗き見た。するとそれよりも先に機関士が絶叫するように報告した。
「高速艇が追尾してきます。前部甲板から発砲」「今度は主砲です。着弾は前方海面、水柱多数」機関士に続いて前方を注視している航海士が報告した。今度の警告射撃は同じ進路で射っていているので横をすり抜けた砲弾が射程距離分を飛び越えて前方に着水しているのだ。数キロ先の海面に上がる水柱が視認できるのはそれだけ口径が大きいと言うことだ。
「署に連絡、たんぺは現場水域で韓国海軍の高速艇の銃撃を受けて退避中、応戦はしていない。指示を仰ぐ・・・補足、高速艇は我が国と韓国は準交戦中であると言っている」「連絡します。たんぺは現場水域で・・・」通信員は長文の内容を正確に復唱すると隠岐海上保安署に連絡した。その間にも高速艇は現場と竹島の間に向けて発砲することで巡視船・たんぺの進路を制御し、さらに速度を上げると並走しながら遠ざけた。
「隠岐署から指示、たんぺは直ちに帰還して状況を報告せよ」「了解、隠岐に向かえ」通信士の伝達を受けて船長は航海士に指示した。高速艇は巡視船・たんぺが現場海域から離れるまで執拗に並走していたが、火砲に乗組員を配置して戦闘態勢は維持していても発砲は止め、船体に傷つけることはなかった。しかし、船長は大いに反省しなければならなかった。
「俺は銃撃を受けても乗組員の安全確保に意識が及ばなかった。何よりも乗組員に防弾ヘルメットや防弾チョッキも装着させていない。結局、九州南西沖工作船対処の教訓を学べていないんだ」2001年12月22日に発生した九州の南西海域で発見した北朝鮮の工作船の追跡では自動小銃だけでなく携帯式地対空ミサイルまで発射されたが、巡視船の乗組員は状況確認に集中していて遮蔽物に身体を隠す自己防衛動作を取らなかった。おまけに工作船に浴びせたサーチライトを巡視船にも向けて乗組員の位置を暴露していた。それは警察にも言えることで1993年5月4日にカンボジアPKOで待ち伏せていたポルポト派と思われるゲリラの銃撃を受けた文民警察官は地面に伏せる前に周囲を確認しようと姿勢を高くして銃弾を浴びた(殉職した高田晴行警部補はパトロール・カーの中で被弾した)。
「昨夜の漁協からの通報では無線連絡が途絶えた時、銃声のような音を聞いたと言っていたが、銃撃を受けたんじゃあないのか。3隻が一緒に消息を絶ったのもそれなら説明がつく」反省しながら推理に頭が働くところは海上保安庁が警察職員であることの証左だ。それにしても「準交戦中」と言うのはどのような状況を意味しているのか。
- 2022/02/22(火) 14:40:44|
- 夜の連続小説9
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