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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ60

ヴィーン。巡視船・おもとはバルカン砲を反転させると今度は右側の漁船に向かって発射した。先ほど同じように轟音と震動が船橋に届いた。射手は海面で跳ねた弾丸が命中する危険を防ぐため横によけて発射したが、漁船が高速度で接近しているので舳先が起こす船首波が掻き消して弾着が確認できない。それにしてもひるんだ様子は全くない。
「こっちも転舵しないな」「我々が警告射撃しかしてこないと高を括っているんでしょう」船橋の右の窓に歩み寄って双眼鏡で確認した船長の呟きに中央に残っている副長が答えた。村山政権で政権与党になった社人党が自衛隊の内部情報を中国に漏洩し、民政党政権では装備品の極秘データーまで流出させたことは知られているが、海上保安庁の行動規定まで譲渡されているとは思わなかった。尤も海上保安庁の場合、運輸省・国土交通省に巣喰っている売国官僚が「日本の対処の限界」をご注進した可能性の方が高い。
「左舷の漁船、接近します。距離0・2ノーティカル・マイル(=370・4メートル)」「機関反転」「機関反転」船長は自動車の急ブレーキに当たるスクリューの逆回転を命じたが、全速前進しているので機関部を破損する惧れがあり、機関士は独断で間を置いた。そのため1分近く経過してから船体が激しく振動して減速し、舳先をかすめるように左から漁船が通過した。
「右舷の漁船、接近します。回避不能」「機関後進、一杯」「間に合いません」今回は「行き足(惰性による進行)」が停まっているので完全な固定標的になっている。停船していては方向を換えることもできない。海上保安庁は海洋警察として不審船を追跡して停船させる操舵が専門で攻撃を受ける戦闘事態は想定していない。海上自衛隊では戦闘中に停船することは有り得ないが、海上保安庁では急ブレーキを踏むのが危険を回避する行動としては常識だ。船長は副長の顔を注視して大声で命令を下した。
「船体に射撃、舳先を吹き飛ばせ」「射撃用意、目標漁船のバウ・ヘッド(舳先)・・・射て」ヴィーン。船橋から見下ろしているバルカン砲の砲口から赤い光の線が伸び、操作している射手と補助員の脇に置いた箱の中に薬莢が飛び散った。
「命中・・・バウ・ヘッドを破壊・・・漁船は迷走し始めました」右舷の監視員の報告に船長と副長が今度こそ安堵したように顔を見合わせた。後方の漁船は両側からの衝突で破壊されたおもとにトドメを刺す必要はないと考えたのか追尾してこなかった。
「沈没したのか」「いいえ、速度は落ちましたが迷走を続けています」「救助、準備」「警告射撃は中止します」船長は自衛官ではないので漁民を「捕虜にする」と言う意識はなく、あくまでも人命救助と犯罪にはならない危険行為に関する取り調べが目的だ。そこに船橋のスピーカーから12海里の日本の領海外でこちらを監視している中国の海警の大型警備船に随伴している巡視船・せなかの緊急連絡が流れた。
「海警の警備船が主砲をそちらに向けたぞ」今日の警備船は海軍のフリゲート=軽巡洋艦を白に塗装しているが、これまでの駆逐艦の改造船が武装を撤去して海洋警察らしく機関砲に換装しているのに対して戦闘用の主砲を残置している。その主砲を向けたと言うのだ。
「逃げましょう」「そうはいくまい。それでは尖閣の支配権を我々が認めたことになる。海自のPー1は近くにいないか」船長と副長は重苦しく対話した。巡視船には護衛艦のような情報を一元管理するCIC(戦闘指揮所)はなく、この対話がコンピューターの機能を代行している。それにしてもかつては海上自衛隊を半ば公然と敵視していた海上保安庁も2001年12月22日の南西海域不審船事件では銃撃戦だけでなく携帯式対空ミサイルを発射され、2004年11月10日には中国海軍の漢級原子力潜水艦の領海侵犯を経験して以来、海上自衛隊との役割分担を認識するようになった。今も対潜哨戒機を期待している。
「中国の警備船から国際周波数で入電、読み上げます」そこに通信士が声をかけた。最近は海上保安庁が通信士の海洋国際言語の英語と中国語の語学力を強化する一方で巡視船に中国語への翻訳機を装備したのと同じように中国海警も日本語の語学力が急速に向上している。
「日本国海上保安庁に通告する。諸官らは我が中華人民共和国の固有領域内で人民の私有漁船を銃撃して乗員を殺傷した。この場で投降して我が司法当局に犯行を供述して裁判を受けなければならない」「射ったぞ、逃げろ」通信士が電文を読み終えるのと同時に巡視船・たけとみの叫び声が船橋のスピーカーから流れた。数秒後に空気を引き裂く甲高い音が上空から迫り、おもとの中央部に着弾して船橋を破壊した。さらに燃料に引火して爆発を起こすと取り囲むように集ってきた漁船では乗組員たちは拍手喝采して沈み逝くおもとを嘲笑した。舳先に立って放尿を始めた漁民たちは海面の向うにもう1つの閃光を見て、数秒後に爆発音を聞いた。こちらは巡視船・せなかだった。
  1. 2022/03/12(土) 15:27:16|
  2. 夜の連続小説9
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