「サクラ、国際海洋周波数で日本語の通話が入っているぞ」「私のヘッドセットに接続して」「アイアイ・・・マーム」その頃、嘉手納基地を離陸して東シナ海を南下しているアメリカ海軍のPー8ポセイドン対潜哨戒機があった。三沢基地を拠点にしてインド洋までを担当する哨戒飛行隊に所属する機体で「サクラ」のタック・ネームで呼ばれた副操縦士はモリヤ志織中尉だ。
「・・・日本国海上保安庁に通告する。諸官らは我が中華人民共和国の固有領域内で人民の私有漁船を銃撃して乗員を殺傷した。この場で投降して我が司法当局に犯行を供述して裁判を受けなければならない」「ジャパン・ネービー(海上自衛隊)か」「どうやら中国の海警とコースト・ガード(海上保安庁)の間で問題が発生したようです。日本側が中国漁船に銃撃を加えたと言っています」志織中尉の説明に機長は困惑した顔でうなずいた。
「前方で発砲を探知、艦船の爆発も」「方位200、距離38ノーティカル・マイル(=70・376キロ)」「続いて発砲、別の艦艇が爆発」「方位203、距離43ノーティカル・マイル(79・636キロ)」その時、操縦室の後方にあるオペレーター室から赤外線探知装置とレーダーを担当する搭乗員が交代で連絡してきた。
「日中が交戦したか」「交戦ではありません。一方的な攻撃です」機長の呟きに赤外線を監視している搭乗員が反論した。2人の対話を聞きながら志織中尉は先ほどの通話と発砲までの時間が短過ぎることを思い返していた。あれでは海上保安庁側が回答する時間も与えていない。
「嘉手納と那覇のJASDF(航空自衛隊)に緊急連絡。JASDFにはサクラが実施しろ」「アイアイ・サー」機長は事態を把握すると嘉手納基地の海軍現地指揮所と航空自衛隊那覇基地の南西防空指令所に海上保安庁へ連絡を依頼するように指示した。
「JASDFサンセット(南西防空指令所のコールサイン=仮称)、ディス・イズ・USネービー・・・今、尖閣諸島周辺海域で海上保安庁の巡視船2隻が中国海警の警備船から砲撃を受け、爆発した模様です。海上保安庁への通報を願います」「本当にUSネービーなのか、日本語が上手過ぎるぞ」交信に出た航空自衛隊の先任指令官は妙な確認をしてきた。航空自衛隊には今回の飛行計画を通知しているのでレーダー・スコープをみれば「A」のシンボルを付したアメリカ軍機の航跡が尖閣諸島に向かっていることは判るのだが、志織中尉のネイティブな日本語に不信感に近い違和感を覚えたようだ。沖縄の緒第11管区海上保安本部には巡視船・おもとが砲撃を受けた時点で近距離から中国海警の警備船を監視していた巡視船・たけしまが急報しているはずなのですでに情報を入手しているのかも知れない。
「間もなく現場海域です。海面には漁船が多数停船しています」「コースト・ガードの巡視船は沈没したのでしょうか。海面に浮遊物多数と大量の油が確認できます」オペレーター室の航法担当する搭乗員の連絡を受けて、志織中尉が機体を傾けて海面を確認したが、到着までの時間が短かった割に巡視船の船影は見当たらない。どうやら燃料に引火して爆発を起こし、船体が大きく破損して急速に沈没したらしい。それにしても対潜哨戒機として設計された海上自衛隊のPー1に比べてボーイング737旅客機の改造型のPー8ポセイドンは視界が悪い。
「ここまでの破壊力を持つ火砲となると機関砲ではありませんね」「確かにコースト・ガードの機関砲では1回の射撃で撃沈することは不可能だ」中国の海警の警備船が搭載している機関砲の口径は30ミリなので海上保安庁の20ミリよりは威力が大きい。しかし、海上自衛隊の護衛艦はガス・タービン・エンジンだからジェット燃料を使用しているが海上保安庁の巡視船は高速ディーゼル・エンジンなので引火性が弱い軽油だ。機関砲の弾丸が連続して命中したとしても金属製の船体と燃料タンクを貫通して大爆発を起こすとは考えにくい。
「方位245、距離20ノーティカル・マイルに中国艦」「船体の塗装は海警だがフリゲートだな。主砲もそのままにしている」レーダー担当の搭乗員が連絡した方向に向かうと尖閣諸島の沖に中国海警の白い警備船が視界に入ってきた。どうやら戦果確認に向かうつもりらしい。
「ロック・オンしてくればROE(交戦規定)に基づいて即座に反撃する。ウェッポン(武装担当)、ハープーン(空対艦ミサイル)発射用意」「アイアイ・サー」機内は一気に緊張感が充満した。アメリカ海軍の交戦規定では火器管制レーダーの照射を受ければ相手が引き金を落とす前に攻撃を加えることは自衛措置として認められている。
「この際、ウェッポンベイ(兵器倉)を開きませんか。その方が威圧になるでしょう」「流石だな・・・ウェッポンベイのドアをオープンしろ」志織中尉の意見具申に機長は感心したように笑顔を返し、機体後部にあるウェッポンベイの扉を開けるように指示した。これで中国海警の警備船からは爆弾の投下を準備したように映るはずだ。その効果があったのか低空から念入りに現場検証されても中国海警の警備船は何もせず、漁船団を引き連れて帰っていった。

イメージ画像・モリヤ志織中尉
- 2022/03/13(日) 15:21:52|
- 夜の連続小説9
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