fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ65

「アメリカ海軍の対潜哨戒機パイロットからの情報です。中国が発表した日本のコースト・ガードの巡視船の撃沈は交戦によるものではなく一方的な砲撃によって発生しました。しかも中国側の警備船は塗装を換えただけのフリゲート艦でした」志織の説明を受けて梢は自分のパソコンでイギリスのマスコミが開設しているホームページの時事問題のサイトに書き込んだ。海上保安庁を正式な英語名のマリタイム・セフティ・エージェンシーではなく知らない間に自称するようになったコースト・ガード(沿岸警備隊)にしたのは私の助言だ。したがって夜の散歩は単独になり、私はジョギング以上の長距離疾走にした。
「対潜哨戒機のレーダーは中国の漁船が日本の巡視船の両側から異常接近を繰り返していたのを捉えていて、巡視船の発砲は停船させて衝突を回避しようとした自救行為に他なりません」今回の書き込みはここまでだ。インターネットは公式に反論しない日本政府に代わり世界のマスコミを掌握している中国の虚構が事実化するのを妨害することが目的なので一人でも多くの閲覧者を獲得することを優先した。勿論、最近は記者がインターネットで情報を収集して取材は状況確認だけに縮小している日本の民間放送ほどではないが、ヨーロッパのマスコミも自社のインターネットへの書き込みを投稿扱いしているので香港問題で中国に批判的になっているイギリスのマスコミが本格的に取材に乗り出してくれれば効果は絶大だ。
「そう言えばニンジンさんはウクライナ侵攻の時もこのサイトに投稿させたのよね」梢はサイトの受付を確認してパソコンの電源を落としながら数年前の出来事を思い出した。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した時、ヨーロッパのマスコミは両軍の圧倒的戦力差を根拠にロシア軍の早期圧勝を予測し、包囲された都市の陥落の時期を推理しながら難民の受け入れと武器・弾薬以外の支援物資の提供を呼びかけていた。ところが陸上自衛隊時代にゲリラ戦を研究していた私は「ゲリラ戦によって長期化する」と断定してこのサイトに「1939年のフィンランド冬戦争を学習せよ」「イギリスはソ連を連合軍としてフィンランドを孤立させた失敗を繰り返すな」と書き込んで少なからぬ反響を呼んだ。その影響だったのかNATO軍は支援物資に小型の武器や弾薬を混在させてウクライナ軍に送って抵抗を支援した。梢は私と内戦終結後のスリランカを旅して「義勇軍として佛歯寺を破壊したタミル・イーラムの虎と戦いたかった」と語っていたのを聞いているだけに「ウクライナの義勇軍を志願して、陸上自衛隊時代の研究成果を発揮しようとするのではないか」と不安だったらしい。
梢はテレビのニュースを点けて台所へ向かった。今日も一緒に夜の散歩に出かけるつもりだったので夕食の下こしらえはすんでいるが、志織が作った時間の余裕を活用して日頃は空酒(からざけ=酒のみ)の晩酌にツマミをつけようと思ったのだ。
「寝る前に淳之介に現地情報を取材したいけど今日は出勤ね。あかりで判るかしら」台所で冷蔵庫の中身を確認しながら梢は独り言を呟いた。日本との8時間の時差を考えればオランダの消灯時間の夜10時が日本の起床時間の朝6時になる。ただし、淳之介は垣島まで自家用船で出勤するから6時には海の上だ。視覚障害者のあかりに戦争の可能性を訊くのは不安を煽るようだが、ラジオのニュースは聞いているはずなので難しいところだ。
「今日は続報がないみたいね」結局、ツマミは自家製豆腐の冷や奴になった。私はⅠ型糖尿病なのでカロリーを多少上げても接種するインシュリンを増量すれば問題ないが豆腐くらいが丁度良い。冷や奴では調理を必要としないのでテレビを見るとイギリスの英語のニュースでは日中武力衝突の問題は取り上げていなかった。つまり両国政府も特別な動きを見せていないようだ。それにしても加倍政権の頃には即断即決で動き始め、現場の状況を見ながら補備修正を加えていた日本の外交が今は後手後手に回った上、間違った答えしか残っていなくなってそれを呑まさせられている。外務官僚は国家公務員なので政権が代わっても大幅な入れ替わりはないはずなのでこれは石田政権の体質の反映だろう。
「あの投稿に反応してくれると良いんだけど・・・勿論、日本政府もね」梢は私や時折、電話をしている佳織も戦争の危機を確信しているが、日本政府は気づいていないように見えることが苛立たしかった。考えてみればウクライナ侵攻の時、プーチン政権は国境付近にロシア軍を集結させている理由を大演習のためだと説明し、ヨーロッパ各国やアメリカも「まさか」と言う希望的観測で実際には放置していた。あの時は私でさえ「ウクライナ政府が停戦合意を放棄したことによる威圧と部分的占領はあるかも知れない」と語っていたが、全面的な侵攻までは予測していなかった。そのことを私は「護法天のお告げがなかった」と嘆いていたが、梢は「もうお役御免になったのよ」と慰めてくれた。梢としては今回の確信も外れることを願いたいが、現職の佳織も同様の判断なので覚悟を決めておいた方が間違いない。
  1. 2022/03/16(水) 16:12:05|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<3月17日・夫婦別氏(姓)を定めた太政官指令が出た。 | ホーム | 軍事評論家・古志山人、ウクライナ侵攻を愚考する。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7530-4ac670c9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)