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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ71

「我々は日本国沖縄県警である。君たちは我が国の領土である尖閣諸島に必要とする手続きを行わず上陸している。これは昭和26年日本国政令319号出入国管理及び難民認定法に違反する行為であり、那覇地方裁判所の逮捕令状の公布を受けている。これより島に着陸する。抵抗することなく我々の指示に従え」海上保安庁の巡視船2隻に両側から牽制を受けた中国海警の大型警備船は発砲することはなく沖縄県警の大型ヘリコプターは尖閣諸島魚釣島之上空で停止した。1番機からは指揮官の警部補がマイクで日本語と英語、中国語で通告を与えた。
「ウォーッ」「ワォーッ」「ガォーッ」すると案の定、日本の右翼団体が設置した灯台の横にアンテナを立てて台風でも高波を浴びない岩陰に電波発信機と建設資材を運び上げていた男たちは手に持った工具を突き上げて猛獣のような雄叫びを始めた。上空から確認すると接岸した漁船の中には数丁の小銃が見える。魚船に残っている者はいないので助かった。
「その工具でも他人に危害を加えることを目的に使用すれば凶器となり、日本国刑法208条3号1項の危険物準備集合罪の適用を受ける可能性が生じる」警部補は一般大学出身で中国語は第2外国語として選択していた。しかし、所詮は第2外国語なので講義は慣れない簡字体の読解と朗読が中心で状況の変化に応じた台詞を組み立てるほどの語学力はない。この通告も台本の朗読だった。当然、漁民たちが叫んでいる中国語は聴き取れない。
「これは危険だな。催涙ガスを投下して眼潰しした隙に拘束しよう。人数はこちらよりも少ないようだから数分で制圧できるだろう」警部補は操縦席に行くと下の状況を確認しながらパイロットと2人だけの作戦会議を持った。階級は警部のパイロットの方が上だが警部補が指揮官なので対等な会話になっている。
「しかし、目の前に中国の軍艦がいるんだぞ。催涙ガスの投下を攻撃と判断されれば砲撃を受ける可能性がある」「それでは地上に降りてからガス銃で発射することにしよう。ヘリは離脱して安全な位置で待機してくれ」「ラージャ」話が決まると警部補は機上無線で沖縄県警本部に状況を説明し、今決まった作戦を報告した。続いて各機の分隊長にガス銃の使用準備と防ガス・マスクの装着を指示し、さらに各機に1名を待機させ、漁民が漁船に逃れた時点で拳銃と弾薬を配らせる手筈も整えた。各分隊長はこれから着陸までの数分間で指示内容を伝達し、防ガス・マスクを装着させて点検し、ガス銃の射手を指定して用意をさせる。
「よし、着陸願います」「ラージャ」警部補の指示にパイロットは応え、漁民たちの作業現場と漁船の間の上空で正三角形の隊形を作っていた3機はその位置を維持したまま着陸した。その間に警部は防ガス・マスクを装着すると吸気口を押さえて強く息を吹き、内部の空気を出してゴム製の面と顔を密着させた。防ガス・マスクに付属している無線機の試験通話も終えた。
「降りたら即、ガス銃発射、他の隊員は発進準備」「了解、射手構え」ヘリコプターの側面の扉から下りた警部補は後部扉から一斉に飛び降りた隊員たちに号令をかけた。漁民たちはヘリコプターが接近すると強烈な風をモノともせず工具や建設資材の角材を振り上げて突進してきた。やはりヘリコプターに慣れた兵士のようだ。
プシュッ、プシュッ、プシュッ。横に展開してしゃがんだ隊員たちの中で立っている3人の射手がガス銃を発射した空気圧の銃声が響いた。ガス弾は天高く射ち上げられ、小さな落下傘が開くと黄色い煙を撒き散らしながら低速度で落ちてきた。成田空港闘争では千葉県警機動隊が過激派活動家たちが作った弓式投石器による攻撃を制止するためガス銃を水平射撃した結果、鉄製のガス弾が頭部を直撃して活動家が頭蓋骨陥没で死亡した事故があった。そのため警察ではガス銃を武器として取り扱うことは厳禁されているのだ。
「どうした・・・変だぞ」ガス弾が地面に落ち、漁民たちの姿が催涙ガスの黄色い霧で覆われても何の反応も起きなかった。通常は催涙ガスで目が開けられなくなり、その沁みるような痛みに耐えかねて悲鳴を上げ、鼻腔から喉、気管支を刺激されて呼吸困難になって激しく咳き込むはずだがこちらに向かっていた漁民たちの姿が霧の中で途絶え、気配さえ消えてしまった。
「小隊長、奴らが倒れています」「全員です。動いている者はありません」十数秒後、霧が背中から吹いてくる海風に流されて薄くなると姿勢を高くして前方を確認した分隊長たちが報告してきた。警部補が立ち上がって双眼鏡で確認すると漁民たちは走ってきた姿勢で折り重なるように倒れている。数人はもがくように地面で転がっているが意識はなさそうだ。
「何事が起こったんでしょうか」「こちらは何もしていません」「おそらく生存者はいないでしょう」分隊長たちは隊員に厳重な警戒を指示すると警部補の回りに集って来た。その時には動いている漁民はいなくなっていた。防ガス・マスクをはめているため臭いは確認できないが、催涙ガス特有の酢のような刺激臭が漂っていることに確信が持てなくなってきた。
  1. 2022/03/22(火) 15:01:27|
  2. 夜の連続小説9
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