「尖閣で化学兵器使用」「陸上自衛隊が提供?」中国共産党の緊急記者会見は夕刊には間に合わない時間帯だったが沖縄の地元二大紙と本土のA日新聞は詳細に掲載し、A日新聞に至っては帰宅時間の駅頭で夕刊から関連記事を抜粋した号外を配っていた。つまり中国から事前情報を受けていたことになる。一方、石田政権は事態が重大になれば対応が慎重になる癖を発揮して沖縄県警と第11管区海上保安本部の合同捜査本部が尖閣諸島に派遣した調査団の報告を待っていて首相自身による反論の記者会見は夕方のニュースの放送中になった。
「番組の途中ですが重大な臨時ニュースが入りましたので番組を切り替えます。中国外交部が中国共産党の声明として発表したところによると本日、午前10時30分頃(東京と北京は1時間の時差がある)、沖縄県尖閣諸島に上陸して電波灯台の設置を始めていた中国漁船の乗組員を排除するためヘリコプターで着陸した沖縄県警の国境離島警備隊が化学兵器、具体的には毒ガスを使用したとのことです」当然、テレビでもそれよりも早く臨時ニュースを流し始めたが、日本政府の反論がなければ中国側の大本営発表になり、韓国海軍のコルベットが海上自衛隊の対潜哨戒機と航空自衛隊の対領空侵犯措置機を撃墜し、竹島の警備隊が全滅した時の陸上自衛隊への疑惑の四の舞いにならざるを得ない。
「この3発のガス弾で噴霧した毒ガスを吸った中国漁船の乗組員20名が即死し、これを援護するため海上保安庁の巡視船2隻が銃撃を加える動きを見せたので中国海警の警備船が先制的自衛権を行使してどちらも撃沈、さらに島にいる警備隊に投降を呼びかけても応じないため戦闘準備と判断して艦砲射撃を加えて全滅させたようです。なお、警備隊は自衛隊が秘密裏に民間の製薬会社に市販の殺虫剤の濃度を人間が死亡するまで高くして製造させていた毒ガスを入手していた可能性が高いと中国側は示唆していました」ここでもA日新聞系列だけは中国が記者会見では発表しなかった具体的な内容まで「可能性」と断って解説していた。日本製の殺虫剤は外国製のような皮膚に触れれば炎症を起こし、吸引すれば呼吸系統に障害をもたらすような危険な毒素ではなく害虫を麻痺させて体内に吸収することで心機能を停止させる神経剤なので仮に化学兵器に転用すれば極めて有用なのだ。勿論、原子力発電用の核物質の核兵器への転用を監視する国際原子力機関=IAEAの査察を受けているように殺虫剤についても現在は1997年に発効した化学兵器禁止条約を受けて設立された化学兵器禁止機関=OPCWの厳格な監督指導を受けている。
「折角のヘリが見るも無残な姿になってしまったな」「機長パイロット3人は陸上自衛隊からの移籍だったでしょう。名誉の戦死ですね」海上保安庁のヘリコプターで尖閣諸島魚釣島に到着した合同捜査本部は直撃弾を受けて爆発・墜落・炎上した大型ヘリコプターの残骸と操縦席で焼け焦げているパイロットの遺骸を目の当たりにして愕然としたが、多くの同僚を失った悲しみにひたることなく調査を開始した。警察や海上保安庁のヘリコプターと巡視船は火器管制レーダーを探知する機材を装備していないため海軍のフリゲート艦を転用した中国海警の警備船が照準していたことに気づかなかったのだろう。実は中国が日本の調査を妨害するためヘリコプターを撃墜する可能性が否定できないため東シナ海上空でCAP(コンバット・エア・パトロール=戦闘空中哨戒)している航空自衛隊の戦闘機に低空飛行を繰り返しての威嚇行動を依頼していた。CAPの戦闘機は国籍不明機が接近すれば対領空侵犯措置に移行するため武装はしているが、発砲できないことは中国側も熟知しているはずだ。
「これなら連れて帰って棺に納めることができるな」「顔を下に向けているから綺麗なものだ」「ウチのヘリは小型なので巡視船に迎えに来させないといけませんね」飛び散った土砂や砂礫を被った警備隊員たちの遺骸は陸上自衛隊仕込みの伏せた姿勢を取っていたため原形を留めている。それでも破裂した砲弾の鉄片が全身に突き刺さり、火焔が背中を焼いていた。戦後の日本の戦争映画などでは砲弾の威力は火焔と爆風だけで、間近に着弾しても将兵が吹き飛んで見せるが、実際は砲弾内の炸薬が破砕させた鉄片が広範囲に飛び散って殺傷する。そのため第2次世界大戦までの統計上は戦場での死因の第1が砲弾の破裂であり銃弾の数倍に及ぶ。
「それにしても自国民の遺骸をここまで粉砕することに抵抗はなかったのですかね」「しかも砲弾は中国人漁民が倒れていた場所に集中している」「完全な証拠隠滅だな」最後に中国人の漁民たちが死んだ現場に行ったが幾つも地面を抉った着弾孔が残り、ところどころに四散した人間の身体が落ちている。調査団は毒ガス防護用の被服を着用し、マスクをはめているので死臭は感じないが、素顔であれば血の臭いが充満しているはずだ。
「これは弾頭じゃあないか」「そうだ。これで成分が検出できる」調査団の1人が石の割れ目で小型の赤い布切れを見つけ、慎重に拾い上げると金属製の容器、弾頭だった。
- 2022/03/25(金) 16:31:48|
- 夜の連続小説9
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