「お前が国家のために働きたいと考えていることは父親として誇りに思うよ。しかしな・・・」「しかし何なの」私の躊躇いに淳之介は憮然として相槌を打った。淳之介と暮らしていた頃の私は国防と言う任務に身命を捧げていたので全面的に賛同し、激励すると思っていたようだ。
「海ンチュウなら板子一枚下地獄で働いているんだから仕事に命を賭ける覚悟は常に持っているとは思うが・・・お前に何かあればあかりはどうする。ワシは死んでも1人で生きていける女と結婚したが、あかりは収入は兎も角として生活する上ではお前の支えが必要だろう。それを考えればお前が守るべきは国家よりも家庭のはずだ」「うん・・・」私の意見に淳之介は言葉を濁して考え込んだ。確かに結婚を望んでいた梢は語学堪能で旅行社の期待の星、先妻の美恵子は理容師、そして現在進行形の妻の佳織は自衛隊士官と自立した女たちだった。ただし、美恵子に関して言えば職業を家庭よりも優先する結婚には不向きな欠陥品だった。あかりも鍼灸師とマッサージ師の国家資格を持っているから収入は維持できるが、幼い子供を2人抱えての生活は健常者の支援なしでは難しいはずだ。
「あかりは何て言ってるんだ」「あかりを怯えさせる訳にはいかないからまだ言ってないよ」「そうか、このまま黙っておけ」「うん・・・」この口調では淳之介はあかりに打ち明ける際、「親父も賛成している」と弁解するつもりだったのかも知れない。しかし、淳之介にはあかりと結婚した時にも「今後はあかりとの家庭を守ることを最優先して危険を伴う船乗りの仕事は辞めろ」と言ったことがある。するとあかりが「私のために淳之介の夢を諦めさせることはできない。私は海で生きている淳之介さんが好きなんです」と感動的な反論をして話は収まってしまった。今回も同じ台詞を吐きそうだが、子供を2人生んでいるのであかりも守るべきは淳之介の夢よりも2人で築いてきた家庭になっているのではないだろうか。
「それでも社長から派遣命令が出れば拒否はしないよ。お父さんの息子が臆病者や卑怯者になることはできないからね」「ここは玉城美恵子の息子になりなさい」「馬鹿野郎」私の茶化したような返事に淳之介は軽い罵声を口にした。
「1つ、注意しておく」「はい」「中国軍は自国や味方の女性をレイプすると死刑だが、敵の女性は徹底的にレイプする。だからベトナム戦争に北側として参戦した時には何もしなかったが、昭和54年の中越戦争で侵攻した時には占領した村の女性を片っ端からレイプしたんだ。それはチベットや新疆ウィグルでも同じだ。若しもそのようなことになればあかりは心に救われようがない深い傷を負ってしまう。だから八重山が中国軍に占領されることがあればあかりを何としても守る手立てを考えるべきだろう」「アメリカ兵のレイプ事件は嫌って言うくらい聞くけど中国軍も同じことを姦んだね」淳之介の反応は沖縄の中学校で受けた反米反日親中の洗脳教育と地元マスコミ報道の影響だ。私は幹部候補生の2次試験を海田市の第13師団司令部で受けた時、呉線の車内で反核団体に包囲されて質問責めに遭ったが、最後にこちらから「貴方たちは当然、ソ連や中国の核兵器にも反対しているんですよね」と質問すると言葉に詰まり、苦しげな顔で「ソ連と中国はまだ使っていないから問題はない。むしろアメリカに3度目を使わせない抑止力だから必要だ」と答えた。淳之介が受けた洗脳教育でも沖縄で頻発しているアメリカ兵によるレイプ事件やベトナム戦争のソンミ村虐殺事件を実例として「凶悪なアメリカ兵は女性をレイプする」とだけ教育しているに違いない。そこまでで生徒たちは「正義の中国軍が犯罪を働くはずがない」と思い込むと言う寸法だ。
「中国軍のレイプは自分たちが撤退した後も女性たちに妊娠の不安を与える心理戦の部分があるが、韓国軍は占領地とは言わず朝鮮戦争では共産主義者狩りに入った村で手当たり次第にレイプしてから皆殺しにしている。ワシが知る限りでは世界で最も残忍な兵隊は韓国軍だな」「でも今度は韓国とも戦争になりそうなんでしょう」「そうだな。北も加わるだろう」私の補足に淳之介は絶句してしまった。本当はウクライナ侵攻の裏取引でロシアが加担する可能性も考えているのだが、沖縄までは影響がないはずなので黙っておいた。
「家族は首里に預けた方が良いかな。問題は恵祥の学校だ」淳之介の独り言で日本国内の緊張の度合いが理解できた。前線になる危険性が高い沖縄県でも住民の避難については全く手をつけおらず、学校教育も現状維持のようだ。尤も、茶山元3佐から届く定期便の新聞でも「戦争の危機」を明言した記事は見当たらず、外交的解決を主張しているだけだ。本来はオランダで預かってやりたいのだが、新型コロナ・ウィルス感染症の渡航制限が解除にならないと難しい。
「そろそろ帰らないとあかりが心配するぞ」「そうだね。勉強になりました」「絶対に志願はしないように」「はい、玉城美恵子の息子になります」気がつくとかなりの長電話になっていた。淳之介の自家用船では雲島まで1時間弱かかるから帰宅すれば8時を過ぎてしまう。
- 2022/03/29(火) 15:42:31|
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