「ここでレイプされたんですか」「そうです。私が洗濯機から服を出しているとイキナリ押し入ってきて首を絞めて失神させたんです。気がつくと浴室で裸にされていて・・・」運用班長の連絡を受けた対馬警務隊は途中で対馬北警察署に捜査協力を依頼して官舎には寄らなかった。一方、運用班長は他の官舎の住人の隊員たちと手漕ぎのボートで帰宅して妻たちの事情聴取と現場検証に立ち合ったが、現場になった部屋で警察官に説明するレイプの詳しい状況を耳にすると言い知れようがない怒りで気が狂いそうになった。さらに生真面目=潔癖症の妻たちは全員が被害を受けた直後にシャワーで全身、特に性器を洗っていて犯人の体液を採取することが出来ず鑑識担当者も困り果てていた。
「漁協の事務所の当直は縛られて床に転がされていたようです」対馬警務隊と対馬北警察署水上警察班の合同捜査に立ち合った総務人事班長は分屯基地司令に聞いた話を報告した。通報を受けた対馬北警察署水上警察班が海栗島への連絡船の運航状況を確認するために漁協の事務所に入ると高齢の当直が上半身と足をロープで縛られ、猿ぐつわまで噛まされて倉庫に押し込められていた。官舎を襲う前に押し入り、外から見えない倉庫に閉じ込めたらしい。鰐浦の漁師たちは高齢化しているので早朝に出漁すれば昼過ぎには帰港する。それを漁港の処理場で捌き、官舎の妻たちが買いに来る親密な交流が長年にわたって続いてきた。この老いた漁師も自分が拘束されている間にその妻たちの身に何が起こったのか想像もしなかったはずだ。
「閣下、ご下命があった各基地の官舎の空室数の調査結果です」「・・・対応が後手に回ってしまったな。海栗島の奥さんたちに申し訳ないことをした」事件は海栗島分屯基地司令と対馬警務隊からの報告で昼過ぎには航空幕僚長が知るところとなった。航空幕僚長は戦闘機パイロットとして上空から対馬を眺め、対岸の韓国との距離が驚くほど近いことは承知していた。そのため陸上幕僚長と対馬防衛について話し合う中で海栗島の危険性を指摘され、隊員の家族の本土への避難を検討させていたのだ。
「やはり西空管内は自宅を取得する九州出身者が多いので空室が目立ちます。日本海の孤島サイトの海栗島と見島の40世帯程度であれば受け入れ可能でしょう」「そうか・・・」担当者の説明に幕僚長は沈痛な面持ちでうなずいた。航空自衛隊でも航空総隊は運用上の研究と準備を進めているが隊員の生活などの福利厚生は航空幕僚監部の担当でも弾薬や燃料の追加調達などの業務が錯綜していてこの案件は防衛出動待機命令の発令後を実施時期としていた。
「今からでも海栗島と見島の官舎の居住者を西空管内の基地の官舎に受け容れさせろ」「その前に隊員の意思を確認しないと・・・厚生業務は強制できません」「そう言う平時の発想で対応してきたから隊員の家族を傷つける結果を招いたんだ。自宅で見も知らない男に身体を汚された奥さんたちの気持ちを考えてみろ」普段は温和な幕僚長の口調が厳しくなり、担当者は目でお辞儀をして浅慮を詫びた。しかし、その怒りに油を注ぐ報告を補足しなければならない。
「誠に申し上げにくいのですが・・・」「何だ」「これは本来、広報室長から報告すべき事項ですが私が閣下に報告に上がると聞いて依頼されました」担当者が伝言を頼まれたと聞いて幕僚長も表情を緩めた。それでも穏やかにはなっていない。
「実は韓国のインターネットに『日本人女を慰安婦にしろ』と言う反日サイトがありまして在韓の日本人女性をレイプしている画像や動画が掲載されているんです」「まさか・・・」「そうです。そこに官舎の妻がレイプされている画像が多数投稿されていて、しかも被害者を侮辱するコメントが添えられているようです」予想もしなかった展開に幕僚長は激怒する前に唖然として、そのまま茫然としてしまった。ところが担当者はさらに油、それもガソリンを注がなければならなかった。覚悟を決めるため深く息を吸った担当者が口を開いた。
「そのサイトの閲覧者が広報室に官舎の所在地や被害者の個人情報を問い合わせてきているんです。広報室としては機転を利かせて『虚偽だ』『本物ではない』と答えたのですが、それを閲覧者が投稿すると主催者側が『対馬の海栗島の鰐浦にある官舎だ』と具体的に解説したため打つ手がない状態です」「・・・海外のサイトでは警察も対応できないと新聞やテレビでも言っているな」幕僚長は「後手に回った」と言う後悔が戦闘機を操縦している時に受ける「G(重力加速度)」のように心を圧迫してきた。
「また警務隊に問い合わせたところでは日韓犯罪者引き渡し条約の対象となるのは死刑、無期から長期1年を超える拘禁刑以上の犯罪なので密入国と住居不法侵入に強姦罪が加算されれば日本での刑事告発も可能ですが、韓国当局が逮捕以前に捜査をするかが疑問で、現状では引き渡しに応じるとも思えないとのことです」「こちらから攻撃を加えたい気分になるな。それも挑発の目的かも知れんが」幕僚長のこちらを向いた独り言に担当者も黙ってうなずいた。
- 2022/04/01(金) 16:21:57|
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