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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ83

「辞めます」防府南基地の第1教育群では他の職種の区隊長、班長に新入隊員を任せて教育職が教場に集められ、群司令が隊司令から受けた海栗島と見島への派遣命令を伝達した。すると話の途中で古参の空曹が吐き捨てるように答えた。
「俺も辞めます」「俺も」「俺も」それに呼応するように若手の空曹から空士まで大合唱を始め、中には立ち上がって叫ぶ者まで現れた。本来は制止しなければならない教育職の中隊長と区隊長たちも自分の思いを代弁してもらっているらしく黙っていた。
「諸官ら教育職は我が国の平和と独立を守る自衛官を育成する専門家だろう」「平和を守るんです。戦争のためではありません」隊員たちの興奮に収拾がつかなくなると群司令は嗜めるように指摘したが、古参の空曹が間髪いれずに反論した。この即座に相手の揚げ足を取る反射神経も教育職の職種特性だ。すると最前列に座っている教育職の中隊長が淡々とした口調で話し始めた。現在、第1教育群の中隊長で教育職は2人だけだ。
「離島の警備となると戦時中のサイパン島や硫黄島などの守備隊と同じように逃げ場もなく全滅するまで戦わなければなりません。群司令は我々に死ねと命じられるのですか」「・・・そうだ。自衛官として任務に殉ずることを命令するんだ。諸官らも入隊時に署名・捺印した服務の宣誓にある通りだ」中隊長としては日頃の幹部会同で当たり障りがない話しかしない群司令に迷いを吐露させようとしたのだが、隊司令に呼ばれて対面で命令を受けて防衛大学校時代に戦闘機パイロットを目指すようになった頃の強固な使命感が甦っていた。今まで第1教育群で見せていたのは幹部侯生学校でパイロットになり損なって整備幹部として航空団で勤務してきた業務管理者としての別人格だった。
「諸官らの教え子が命をかけて任務を遂行しようとしているんだ。諸官らが逃げてどうする」「死んだら終りっちゃ、俺は実家に帰って百姓をするッす」トドメは山口出身の空士が刺した。この空士も硬式野球部を目的に入隊した第1教育群の標準的教育職だ。群司令は教育者としての誇りを思い起こさせれば覚悟も決まると考えたが元々持っていない人間には無駄だった。
「これは命令の伝達だ。覚悟を決めろ」「アンタは征かないから気楽なもんだな」「明日は出勤しないぞ。さようなら」「フェイスブックに投稿してやる」最後は轟々たる非難の大合唱になった。空士の中には立ち上がって演台に駆け寄ろうとする者もいるが、階級順に座っている前席の空曹たちが動かないので踏み止まっていた。幹部たちは何故か黙って苦笑していた。
同じ頃、熊谷基地の第2教育群でも群司令が教育職の隊員たちを集めて電話で隊司令から伝達された命令を伝達していた。隊司令は「本来は会って口頭で伝達するべき重大な命令だが」と謝罪を前置きしながら「教育職の全隊員を日本海側の孤島サイトである佐渡島と奥尻島の警備要員として派遣しろ。これは第1教育群も同じだ」と命令した。阪神淡路大震災が発生した時、航空自衛隊は防府南基地を会場とする武道大会の開催を強行したが、当時の航空教育隊司令は他の部隊が有望選手を災害派遣に出して戦力が低下しているので全種目制覇が期待できると奈良基地と共に神戸市の最寄り基地でありながら災害派遣には基地業務群と強化合宿に入っていない熊谷基地の隊員を航空教育隊として差し出した。それ以降も第1教育群は硬式野球部の試合シーズンを口実にして西日本への災害派遣に第2教育群の隊員を当てることを常習化しているのでこの重大な命令は別であることを説明しなければならなかったのだ。
「その2ヶ所でどちらが危険ですか」「昔は北海道が最前線でしたけど、今は韓国と中国が相手ですから先ず佐渡が狙われるんでしょう」「課程教育の引き継ぎはどうしますか」第2教育群の隊員たちは群司令が命令の伝達に続き現在実施している新隊員課程を各航空団の警備職による特別課程に引き継ぐことを説明して、発言を許可してから意見を述べ始めた。命令を聞いた衝撃と圧し潰されるほど重くなった空気も冷静に受け止めて耐えているようだ。
「佐渡は空港があるから本土への攻撃拠点として狙われる可能性が高い。その点、奥尻はレーダー・サイトの破壊が主たる目的になるからミサイル攻撃で十分だろう」第2教育群司令は地上電子幹部として若い頃にはレーダー・サイト巡りを経験しているので説明は具体的だ。
「最近、初任空曹課程に入ってくる警備職の学生は我々が教えている歩哨や地上戦闘とは別次元の教育訓練を受けているようですが我々で役に立てるのでしょうか」「折角、征くのに単なる歩哨では教育職の空曹としてのプライドが傷つきます」「君たちは基礎は完璧だから現地での教育を素直に受けてくれれば難なく戦力になるはずだ」「はい」東北出身の若手空曹の謙虚な質問に群司令は日頃から考えている見解を述べた。
「君たちの覚悟を見て群司令として涙が出そうだ」「教え子たちが勤務している基地を守る任務に参加するんです。教育班長として当然です」古参空曹の返事に群司令は落涙した。
  1. 2022/04/03(日) 15:09:11|
  2. 夜の連続小説9
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