2010年の明日4月6日に共産党中国の遼寧省の拘置所で日本人の麻薬密輸犯4人のうち1人の、残り3名は4月9日に死刑が執行されました。
4人の罪状はいずれも麻薬密輸法違反で(日本では営利目的麻薬輸出罪と営利目的覚醒剤輸出罪=無期懲役又は3年以上の懲役)、執行方法は2009年に遼寧省では銃殺刑が廃止されたため薬物注射でした。補足すれば麻薬の罪を死刑としているのは共産党中国以外にも北朝鮮、インド、バングラデシュ、タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェート、イエメン、オーマン、カタール、バーレーン、ヨルダン、スーダン、エジプト、キューバ、グアテマラ、セントルシア、ガイアナと世界各地に多数あり必ずしも共産党中国だけが厳罰と言う訳ではありません。
最初に執行された大阪出身の65歳の男は日本で逮捕されて懲役15年が確定した男と共謀して2006年に大連周水子空港から関西空港に向かう航空便で純度が高い北朝鮮産の覚醒剤2.5キログラムを茶筒に入れて密輸しようとして税関で発見されました。男は元不動産業でバブル崩壊後は次々に事業に失敗して巨額の借金を抱え、その返済のための犯行だったと供述しています(日本であれば情状酌量の対象になる可能性がある)。
また別の3人のうち主犯とされる名古屋出身の67歳の男は名古屋で発生した刀剣商強盗殺人事件の実行犯に犯行を教唆した罪で1999年に懲役3年の判決を受け、出所後の2002年から2003年にかけて福岡や名古屋で暗躍した日中混成強盗団の主犯として指名手配されましたがすでに中国に逃亡していました。この男は中国での取り調べで1995年に発生した東京都八王子市内でのスーパーマーケット殺人事件の犯人を知っていると供述したとされていますが、面会した日本の捜査員は「事件の核心に至る内容ではない」と述べています。そして残りの2人のうち福島県出身の67歳の男は日本ではホームレス生活をしていて主犯に運び屋として雇われ、2003年7月29日にベルトに覚醒剤1.25キログラムを隠して潘陽桃仙空港から日本に向かう航空便に乗ろうとして逮捕されました。そして岐阜県出身の48歳の男も2003年7月に主犯の男から渡された覚醒剤を持って大連の空港に行ったところで逮捕されています。
日本の判例では多くの犠牲者を出した凶悪事件でない限り主犯の刑事責任を特に重くして従犯は多少軽減することが多いのですが、共産党中国では困窮から金で雇われた運び屋も同一刑とされ、執行日も合わせる徹底した平等主義の実践でした。
これに対して当時の鳩山由紀夫政権は共産党中国の機嫌を損ねないことを優先して、岡田克也外務大臣が駐日大使を呼んで「日本の国民感情の悪化への懸念」を伝え、菅直人副総理兼財務大臣は日中財務対話で会談した共産党中国の首相に「日本から見れば量刑が重い」と述べ、鳩山由紀夫首相は執行当日の朝に「日本から見れば残念だが、中国の内政問題だ」と発言しましたが、人権団体は「日本が死刑を存続するため」と批判しました。ちなみに共産党中国で日本人の死刑が執行されたのは1951年8月17日に天安門を迫撃砲で攻撃して毛沢東主席を爆殺しようとしたとする冤罪の山口隆一さん以来、59年ぶりでした。
- 2022/04/05(火) 14:21:35|
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