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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ90

「市長、双木外務大臣から電話が入っています。話を聞く限りご本人のようです」対馬市役所の幹部職員を集めて「全島民の迅速な避難」を命令すると市議会議長を呼んで伝達した頃には秘書室は市民からの反対の電話が鳴りっ放しになっていた。そんな中、双木外務大臣は交換で名乗ったのだが交換手は半信半疑で市長直通ではなく秘書室につないだのだ。
「双木です。市長が全市民、全島民の避難を決断したことに心より敬意を表します」受話器から聞こえてくる声だけでなく口調も間違いなく聞き覚えがある双木外務大臣だった。この事態に自分以上に多忙を極めているはずの双木外務大臣が単なる激励のために電話してくるはずがない。対馬市長は姿勢を正して受話器を握り直した。
「長崎県は県知事に行政経験がないからこの非常事態の指揮には不安がある。そんな中で市長が下した英断に私も安堵しました」「それにしても対馬のような末端の地方自治体の動向がどうして東京の外務大臣に伝わったのですか」「開戦となれば対馬は最前線にならざるを得ない。その動向は国家の安全保障に重大な影響を及ぼすから私も注視しているんだ」この言い方からすると「全島民避難」の市長命令が下達されたことが対馬警備隊から西部方面隊、陸上幕僚監部、浜防衛大臣を通じて双木外務大臣にも速報されたようだ。
「移動の足は防衛大臣からも海上自衛隊の大型護衛艦を長崎県知事の要請が届いた時点で派遣するように手配しますが、長崎県の対応が後手に回ると対馬市民3万人は受け入れ先が決まらないまま島を離れなければならなくなる」「それなんです。県に全島民の避難を申し入れたところ担当者から災害時のように県内各地の公立学校の体育館に収容すると回答がありました。それでは避難先での行政業務が維持できません。私も困っているんです」対馬市長が長崎県知事に電話をかけた後、幹部職員に命令を下達して間もなく各部署には県庁からの電話が次々に入ったのだが、その内容で敗戦後経験することがなかった戦争に直面しても前例踏襲を基本とする公務員の思考は容易には変わらないことを痛感させられた。
「それで今の私には越権行為だが山口県の過疎集落で受け容れてもらうように知事に要請させてもらった。海上自衛隊には護衛艦を下関港に接岸させるように要請した。山口県内には集落単位で無人化している地域が多数あるんだ。そこで農業を始めてもらえば自給自足も可能になるはずだ。後は今の政権と長崎県知事が承認するかだが、戦争となれば反論する暇(いとま)はないだろう」「やはり戦争は長期化するんですね」対馬市長は「自給自足」と言う言葉にこの避難が事実上の移住になる可能性を感じ取った。
「我が国にはいまだに毛沢東主義を信仰しているインテリ階層が多い。彼らが世論を誘導している間は勝利を確定するのは難しいだろう」「我が対馬も明け渡せば戦略的撤退ですが、警備隊が全滅すれば緒戦の大敗北になってしまいます。大臣の意図もそこですね」対馬市長の答えに双木外務大臣はこの人物が国境の地方自治体の長には最適任であることを実感したが、その一方で避難者を受け入れることになる選挙区の有権者から悪評ばかりを聞く下関市長には大いに不安を抱いていた。
「これは外務大臣からの依頼だ。対馬市が全市民の本土への避難を決定した。その受け入れ先として下関市を予定している」同じ頃、山口県の村山知事は先田下関市長に電話していた。話の冒頭に加倍元首相が暗殺されて下関市選出の衆議院議員になった双木外務大臣の名前を出せば先田市長は姿勢を正すはずだ。しかも先田市長は長崎大学水産学部卒なので対馬とも縁が深い。村山県知事は本来このように相手の心理を誘導するような対応をする性格ではないが、この件だけはこの場で承諾し、県内でも特に能力が低いと言われている下関市役所の職員の反対を抑えて実行に移させなければならない。
「双木外務大臣としては旧豊浦郡部の過疎集落の空き家を住宅にして荒れ地になっている農地を再生してもらうつもりらしい」「はい、私も外務大臣から聞いています」「そうか、流石は下関市長、それよりも流石の根回しだな」先田市長の説明に村山知事は安堵と感心が入り混じった返事をした。先田市長が秘書を務めた加倍元首相の政治手法は関係者への根回しを特に重視し、菅官房長官が指揮系統の末端まで意図を正確に伝達・徹底していたことが2期・3188日の長期政権を支え、敗戦後の異常な価値観を終焉させて交際社会での新たな地位を確立させたのだ。その過去の価値観に利用価値を認めている周辺国が新たな地位を覆すための武力行使を加えてこようとしている。亡国的インテリ階層が根本経典化している日本国憲法の前文には「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永久に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」とあるが、東の海に浮かぶ島国においてこれを実現した日本が直面しているのは専制と隷従、圧迫と偏狭を維持している国からの強制だった。
  1. 2022/04/10(日) 15:11:49|
  2. 夜の連続小説9
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