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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ92

陸海空自衛隊の作戦準備が迅速に整っていく一方で中央官庁や地方自治体にとって日本国憲法第9条で放棄している「戦争」への対応は完全な暗中模索で、戦時中の業務資料を借りてきても敗戦に向かう仕事を参考にする訳にはいかない。それでも各地方自治体は北海道なら1993年7月12日の奥尻津波地震と2003年9月26日の十勝沖地震、東北地区は言うまでもなく2011年3月11日の東北の大震災、中部地方の日本海側は2004年10月23日の中越地震、北陸地区は2007年3月25日の能登半島地震、関西地区は1995年1月17日の阪神淡路大震災、中国地方は2000年10月6日の鳥取西部地震と2001年3月24日の芸予地震、そして九州は2016年4月14日と16日の熊本地震と平成の30年間に頻発した大規模な地震を参考にして非常事態の業務計画を立案し始めた。戦争のイメージに近い大規模な地震を経験していない地域では大型台風になる。
「我が国では大規模災害でも行政は非常事態として市民の平常の権利を制限できないんですね」「それが日本国憲法なんだから仕方ないだろう」岐阜県可児市の市役所でも市長から「専門職がいない雑用は総務」として担当を命ぜられた総務部長から玉突き式に下に降りてきた仕事を押しつけられた総務課の課長補佐は上司の総務課長に愚痴をこぼした。本来であればこの課長補佐も部下の若手職員に「勉強だ」と言いながら押しつければ済むのだが、平成でも後半生まれの若手は日本がアメリカと戦争したことも受験勉強で頭に入れた情報と平和教育で見せられる映画の物語として知っているだけで、具体的には無知に等しかった。とは言え課長補佐も両親でさえ戦後生まれで、夏休みで終戦の日になると戦時中には子供だった祖父母から体験談を聞いたことはあるが遠い昔の苦労話に過ぎなかった。
「台風と違って戦争になるとイラクのバグダットみたいにミサイルを射ち込まれるんですよね」「恐い」課長補佐が自分のパソコンで市役所として実施するべき業務内容を列挙し始めると目新しい仕事に興味を持った同僚たちが覗いて雑談を始めた。その中の1人が誰も気づかなかった鋭い指摘をすると女性職員が怯えたように相槌を打った。
「そうだな。台風のように1度通過すれば後は避難させる施設を確保して被災者を収容すればすむ訳じゃあないんだ」この問答で課長補佐の思考はようやく「日本の常識・世界の非常識」からワン・ステップ・アップした。結局、日本人にとってはマスコミが報じる戦争も遠い世界の住人が好き好んで殺し合っている愚かな他人事なのだ。
「それにウチは駅前にも地下道くらいしかないから防空壕も必要になるだろう」「その防空壕を地域で共同使用すると土地の使用料はどうするんだ」「建設費用の補助も必要になるぞ」「強度の検査は土木部に依頼しないといけませんね」総務課の職員たちの認識が「世界の非常識」にワン・ステップ・アップしたおかげで湾岸戦争や2代目ブッシュ政権によるイラク侵攻、さらにロシアのウクライナ侵攻での惨状に想いが至った。しかし、戦時中の日本では共同の防空壕は地域の素封家の地主が土地を提供し、隣組で穴を掘って支柱を組んで埋めた。強度は隣組の作業力と用意できる資材で決まり、そこに地方自治体が介入する余地などなかった。そんな史実も平成の30年間で語り継がれることもなく忘却された。
「今度の戦争は自衛隊の何倍も強い軍隊を持った中国と韓国が攻めてくるんだろう。自衛隊が防ぎ切れなければ上陸されるじゃあないか。そうなるとイラクやウクライナみたいな地上戦がこの街でも起こるんだぞ」「恐・・・い」課長補佐に次ぐ中堅の職員は思考がツー・ステップ上がったようで極めて厳しい現実を口にした。これには女性職員も返事に詰まった。
「やはり自衛隊のOBに来てもらって助言を仰がなければ無理だな」「ウチには適任者がいるじゃない」「昭和一郎さんかァ、あの人は昭和史の生き字引だから戦時中の話を訊けるだろう」ここで可児市は得難い人材の存在に気がついた。
「可児市は非防守都市宣言しないのですか」総務部長からの電話で総務課に来た昭和一郎=島田元准尉は開口一番に意外なことを言い出した。非防守都市とは地域内に軍事施設、軍需工場が存在せず、軍の部隊も駐留していないことを条件に戦争法で攻撃が禁止される都市のことだ。島田元准尉は昭和天皇が本土決戦によって民族が消滅することを避けるためにポツダム宣言を受諾して無条件降伏する決断を下した昭和史を熟知している。また息子の信繁は三沢基地で航空自衛隊を定年退官したが、予備自衛官に登録しているため防衛出動待機命令で召集を受けた。妻の順子は息子が無事に定年退官して安堵していたので、この事態に母親としての怒りと不安で初めて取り乱した。島田元准尉としても本土決戦となれば自衛官も一般国民=文民も戦火を逃れようがないことは判っているが、折角、定年退官した信繁には銃を執って交戦する自衛官よりも銃火を避けて身を隠すことができる文民でいて欲しかった。
  1. 2022/04/12(火) 15:04:35|
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