「何だ」「どうした」防衛出動待機命令が発令されて1週間が経過して陸海空自衛隊の作戦準備が完了しつつある一方でマスコミ各社はこの準・戦時体制は加倍首相が目指していながら中国の細菌兵器の伝染・蔓延によって断念せざるを得なかった憲法改正を実弟である浜防衛大臣が代わって実現する「一種のクーデターだ」と批判を始め、対応が遅れている中央官庁や地方自治体も同調して命令の取り下げを公言するようになっている。そんな中、官民・業界の区別なく全国一斉にシステム・ダウンが発生した。独自の通信網を持っている自衛隊や警察、海上保安庁、消防などは無事だったが、総務省が推し進めるデジタル化に移行した地方自治体は業務停止、公共交通機関は運行中止、それだけでなくテレビやインターネットは放映不能、パソコンとスマート・ホンでは問い合わせもできず日本中が「死に体」に陥った。
「東シナ海を中国海軍の多数の艦隊が東進しています。太平洋へ向かう模様」地上でそのような事態が生起しているとは知らない海上自衛隊沖縄航空基地のPー1対潜哨戒機は東シナ海でこれまでに見たことがない本格的な艦隊が沖縄本島よりも北方、奄美大島と屋久島・種子島の間の水路の方向に航行しているのを発見した。
「艦隊の艦種と隻数を確認せよ。ただし、攻撃を受けた時に回避できる距離を保て」「ラージャ、接近する」沖縄航空基地の第5航空群司令部とPー1の交信は防衛通信網=中央指揮システムによって市ヶ谷地区の庁舎A棟の地下にある中央指揮所にも接続されている。おそらく浜防衛大臣にも連絡が入って正面奥の総理大臣の席を空けた隣りに陣取り、耳をそばだて画面を注視しているはずだ。石田総理は内閣府の指揮所で国民生活に影響が大きい同時多発のシステム障害への対応に追われて空けてある指定席に座ることはないだろう。
「チャフ(レーダー波を幻惑させるアルミの細片)とフレア(赤外線探知ミサイルを誘引する発火弾)を撒きながら接近します」「ラージャ、無理はするな」第5航空群司令部の許可を受けてPー1は艦隊の上空を通過した。
「ロック・オンされましたが無事離脱できました。撮影した映像を伝送します。上空から視認したところではドック式(艦内にホバークラフト式小型上陸用舟艇を搭載してこれで上陸する=海岸に接岸する必要はない)の揚陸艦が6隻、それを護衛するようにフリゲートと駆逐艦10数隻が随伴しているようです」Pー1のパイロットの報告と同時に沖縄航空基地と市ヶ谷の中央指揮所の画像に上空から命がけで撮影した中国艦隊の映像が投影された。確かにフリゲート艦の後部甲板のランチャー=発射機には艦対空ミサイルが装填され、前部甲板の主砲はこちらを向いて発射態勢を取っている。完全な臨戦態勢だ。
「ドック式だと最新の玉照型なら1隻当たり戦車20両と兵員800人、旧式の運輸型でも戦車6両に兵員は数十名、つまり太平洋上の航路破壊ではなく離島の占領が目的のようです」「第1空挺団に出動準備を下令します」海上幕僚長の説明に迷彩服姿の陸上幕僚長が言葉を続けると制服組の向かい側の席に並んでいる内局の背広組=官僚たちは困惑した顔を見合わせた。背広組としては加倍政権下で中国の尖閣諸島への脅威の増大に対処するために沖縄や奄美の島々に駐屯地を新設して離島防衛の部隊を配備し、離島奪還を任務とする陸上自衛隊版海兵隊の水陸機動部隊を創設した。その予算の獲得と地元住民の説得、関係法令の整備に費やした労力を考えると当然、水陸機動部隊に活躍してもらわないと納得できない。
「第1空挺団を派遣する理由は」開戦が迫れば背広組たちは作戦の推移に伴う予算措置や関連法令との整合性、官邸や他省庁との調整くらいしか口を挟む機会はないが、ここは事務次官が他部署の同僚として素朴な疑問を述べた。すると浜防衛大臣も興味深そうに陸上幕僚長を見た。
「現時点でもどの島が狙われているのか明らかではありません。戦略的な分析から徳之島と推定していますが、我が隊は必要最小限の戦力しか持たない以上、守備隊を配備してそれが無駄になることは避けなければならず、敵の航路で目標が確定できた時点で空挺部隊を降下させます」第1空挺団は陸上総隊に所属し、この運用方法は事前に司令官に伝えてあった。そのため防衛出動待機命令が下達されてからは千葉県の習志野駐屯地から埼玉県の入間基地と朝霞駐屯地、大宮駐屯地で待機し、航空自衛隊の輸送機が集結すれば直ちに搭乗して出動できる。
「対馬から警備隊を撤退させたのは奄美の離島に転用するためではないのかね」「対馬は敵の方が圧倒的に補給線が短く、持久戦になれば全滅を待つだけです。対馬やまねこ軍団には本土に上陸した敵を相手に暴れ回ってもらいます」事務次官の質問に陸上幕僚長が答えると浜防衛大臣は厳しい顔をしてパイロット・スーツ姿の航空幕僚長に声をかけた。
「対馬か・・・空自のレーダー・サイトには降伏を許すと伝えてくれ」「はい、日本軍ではありませんから・・・問題はマスコミの報道です」この答えに浜防衛大臣も重くうなずいた。
- 2022/04/13(水) 16:36:38|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0