「これでは中国の輸送艦隊に手を出せないまま奄美諸島に接近させることになるな」第5航空群司令部では海上における警備行動の発令を受けて中国艦隊の戦闘艦がPー1にレーダーをロック・オン=照準した時点で自衛措置としての艦対空ミサイルの発射を許可していた。先ほど航空自衛隊はPー1の監視行動を妨害、若しくは撃墜するために発進してきた中国空軍の戦闘機を要撃してロック・オンを受けたが、空対空ミサイルを発射して敵性機が回避行動を取った時点で遠隔操作によって自爆させた。これは日本式警察権の行使から国際標準の対領空侵犯措置に一歩踏み込んだ対応だ。海上における警備行動で自衛隊が許されている武器使用も警察権の行使までだが、海上保安庁は1999年3月23日の九州南西沖不審船事件で逃走する北朝鮮工作船と銃撃戦を交わして自爆させているのでここまでは許容範囲だろう。
「第11管区から照会です。第10管区の巡視船が奄美大島西方海域で国籍不明の軍用艦隊に接触しているのですが。これは海上自衛隊、若しくはアメリカ海軍かとの確認です」その時、司令部の連絡係のWAVESの海曹が那覇の第11管区海上保安本部からの直通電話を受けた。
「馬鹿な、11管区には中国艦隊の接近は通報してあるだろう」「ただちに退避せよと伝えろ」「はい、それは先ほど連絡した中国艦隊です。ただちに退避するように連絡して下さい。はい、はい」上層部の指示を電話で説明し始めたWAVWSの声が返事を繰り返しながらかすれ、重くになってきた。僅かな間に深刻な事態が発生したようだ。
「強力な妨害電波が入って連絡が取れなくなったそうです。先ほどの連絡は管区内の各海上保安署と漁協、海運会社に周知しただけで第10管区には通知していないそうです」「無線封止したと言うことは攻撃する可能性が高いな。中国は海上保安庁の巡視船も武装した戦闘艦として撃沈している。無線連絡できなければせめて旗信号で非戦闘艦であることを表示してくれれば・・・」WAVESの説明に上層部の返事も重苦しくなった。
「こちらユニコーン、中国艦隊に海上保安庁の巡視船が接近している。危険だから退避を指示してくれ」その沈痛な空気を上から圧迫するような連絡が監視中のPー1から入った。パイロット・スーツを着た第5航空群司令は身を乗り出すとマイクに手をかけ、命令を発した。
「戦闘行動を取る艦艇を緊急避難として撃沈しろ」「ラージャ、フリゲートが1隻、艦隊を離れて巡視船の方向に・・・緊急避難を行使します。ミサイルを発射」それからの数秒間は司令部内の全員が息を止めていた。上空から発射する93式空対艦誘導弾の射程距離は144キロとされていて艦艇から射ち上げる推進力を必要とする艦対空ミサイルとは比較にならないほど遠距離から攻撃できる。そのミサイルが火を噴きながら飛来する情景は頭の中で戦争映画の場面を借用した。大半は「亡国のイージス」だったが一部は「ゴジラ」シリーズだ。
「命中、航跡が消滅した」「他の艦艇は隊形を崩して回避行動を開始しました」「輸送艦は放置されています」Pー1の機上レーダー監視員から続々と状況が報告されてくる。アメリカ海空軍の戦闘機同士のドッグ・ファイト=空中戦であればミサイルが命中すればパイロットは「ビンゴ」と歓声を上げ、指令所でも拍手が沸き起こるのだが、ここでは無言で顔を見合わせた。他の選択肢はなかったとは言え開戦の幕を自らの手で切り落としたのだ。
「いよいよ始まったな」中央指揮所で航空自衛隊第9航空団と海上自衛隊第5航空群の対応を見ていた浜防衛大臣は意外に力強く声をかけた。すると指揮所に詰めている陸海空の制服組は大臣に正対して顔を注視しながら深くうなずいたが、背広組は強張った顔を背けた。その中で事務次官だけは場の主導権を掌握するため解説を始めた。
「確かに今回の武器の使用の発生用件は刑法第37条の緊急避難に該当し、海上における警備行動で容認されている警察官職務執行法第7条の規定に合致しますが、緊急避難の武器使用は刑法36条の正当防衛以上に比例の原則を厳格に適用しなければならないので、航空自衛隊のように攻撃を妨害することなく撃沈したのは・・・」「中国艦もミサイル1発で巡視船を撃沈できたんだ。機を失せば尖閣近海で死んだ同僚たちの後を追わせるところだった。これで日本の断固たる意思を明示できたんだ。それで十分だろう」防衛省の官僚は昭和25年の警察予備隊創設時に治安維持法の廃止で職務を失った内務省の思想警察担当者が配置替えされて組織を作ったため世代交代が進んでも思考形態は変わらない。何よりも内務官僚出身の海原治が「背広組=官僚が制服組=自衛官を服従させることが文民統制」と言う誤った定義を防衛庁の内外に広めたため水底(みなぞこ)にはその意識が淀みとなって残っているのだ。
「第1空挺団は間もなく入間を出発して新田原と鹿屋に移動します。ここで待機して島が確定でき次第展開します」事務次官に代わった陸上幕僚長の報告で中央指揮所内は再び本来の緊張感を取り戻した。こうなると中国艦隊が画面で晒している醜態も笑って見ていられる。
- 2022/04/17(日) 14:54:58|
- 夜の連続小説9
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