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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ99

「防衛大臣が緊急記者会見を開きます。記者を派遣して下さい」発生から半日が経過しても通信網が復旧しない中、防衛省・自衛隊では東京地方協力本部の広報官たちがテレビ局と雑誌社、外国人記者クラブを車で走り回って案内していた。防衛省記者クラブに所属しているのは国内の新聞記者だけなのでこの重大事態の日本側発表を報道させるには1社でも多くの出席が必要なのだ。しかし、スマート・ホンで編集部の遠隔誘導を受け、質問さえ指示されている若い新聞記者たちがどこまでジャーナリストとしての取材能力を発揮するかは未知数だ。
「ようやく各社出揃ったようなので始めます。記者クラブの皆さんには大変お待たせしました」派遣されてきた記者たちが席につき、テレビ局のカメラの設置が終わったところで司会進行を担当する内局の官僚が場を仕切り、無理に平静な表情を作った浜防衛大臣が入場した。後には副大臣と事務次官、統合幕僚長と陸海空幕僚長が続いた。
「本日は全国規模のシステム・ダウンが発生し、現段階でも回復の目途が立っていません。そんな情報が完全に遮断されている中で我が国に対する武力攻撃が発生したことを説明しなければなりません」浜防衛大臣の説明に普段であればスマート・ホンを向けるだけの新聞記者たちはぎこちない仕草でメモを取り始めた。この様子では質問を考える余裕はなさそうだ。
「詳細な発生状況は確認中ですが午前8時10分過ぎに東シナ海中部を哨戒飛行中の海上自衛隊第5航空群所属のPー1が大型揚陸艦6隻と護衛の戦闘艦10隻からなる艦隊を発見したため午前8時55分に海上における警備行動を発令しました。これは私の職務権限です。すると中国空軍の戦闘機、機種は殲ー10が2機飛来したため航空自衛隊が対領空侵犯措置として戦術空中哨戒中の戦闘機を指向して迎撃しました」本来であれシステム・ダウンに掛かり切りの石田首相に海上における警備行動の発令に必要な「承認」を受けることができたのかを質問するべきだが編集部の指示がない新聞記者は誰も思いつかなかった。
「すると中国軍機がロック・オンしてきたためパイロット自身の正当防衛として空対空ミサイルを発射、それを回避しようと中国軍機が転進したので遠隔装置で自爆させました。ところが第10管区海上保安本部所属の巡視船が中国艦隊を日米の艦隊と誤認して接近したため中国艦が戦闘行動を取り、これを緊急避難として空対艦ミサイルで撃沈しました。これはあくまでも自衛隊法第82条の海上における警備行動で認められている警察権の行使です」「つまり自衛隊機が中国艦を撃沈したんですね」「そうです。あくまでも巡視船への攻撃を阻止するための緊急避難です」ここでようやく雑誌記者が質問した。これでも日頃の記者会見で新聞記者が繰り返す嫌がらせの粗探しの質問が編集部の古参記者の入れ知恵なのが判る。
「その後も同様の戦闘行動を取った戦闘艦6隻を撃沈した結果、10時過ぎに中国艦隊は進路を変えて杭州方面に引き返しました」「中国艦隊は単に太平洋での訓練を目的にしていたんじゃあないですか」次はテレビ局の記者が質問した。国営放送を除く民間のテレビ局は通常、系列の新聞から取材情報を受けてニュースや報道番組を編集するので独自に記者を派遣することは珍しいが今回は広報官が乗り込んで案内したため応じたらしい。
「平時であればそれを確認するのが手順ですが、現在は中国が国際連合安全保障理事会の席で我が国に対する懲罰を宣言しているので、この揚陸艦を中心とする艦隊編成は離島への侵攻と占領を目的にしていると考えるのが国際常識です」「それなら陸上自衛隊の水陸機動連隊も出動したんですね」このテレビ局の記者は水陸機動連隊がアメリカ海兵隊で訓練を受けている報道番組の制作に関わったようだ。テレビ局は新聞のように文章表現で事実を歪曲することが難しい上、視聴率が収益に直結するため政治的な独断を介在させる度合いが薄い。新聞記者であれば陸上自衛隊の新設部隊の実戦への投入と活躍を紹介する記事を書かなければならなくなるような質問はしないはずだが、そこが視聴者の興味を優先するテレビ局だ。
「作戦の具体的な内容については防衛秘密に属しますので回答できません・・・まだ続きがあります」浜防衛大臣の回答は記者の期待を裏切ったが、さらに刺激的な事実が用意されていた。ここで新聞記者たちはメモを取り疲れた手首を回してコリをほぐしたが、それは日本の新聞記者が頭脳や意識だけでなく肉体も弱体化していることを如実に表現していた。
「中国艦隊が進路反転したほぼ同時刻、突如として朝鮮半島の釜山方面から弾道ミサイルが2発発射されて対馬北端の海栗島分屯基地のレーダーに命中して完全に破壊されました。そのため生存者は本土に退避しましたから現在、対馬には日本人は存在しません」「戦死者は何人ですか」「詳細は公表できませんがレーダー・オペレーションで勤務していた数名の隊員のみです」「中国の作戦の失敗に韓国軍が呼応した報復と考えて良いですね」「韓国の意図は不明ですからコメントは避けます」浜防衛大臣の説明は外国人記者にも好意的に受け止められた。
  1. 2022/04/19(火) 15:24:10|
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