「本日、全国規模で発生している同時多発システム障害は中国からの極めて強力な電磁波の放射とウィルスなどの破壊工作が原因と特定されました」夜になって首相官邸で石田首相による今回の同時多発システム障害に関する記者会見が行われた。今も全面的システム・アウト状態からの回復は遅々として進まないが、中でも政府から早急な機能回復を厳命されている旧電電公社は使用している機材が巨大で広範囲にわたる上、利用者が全国民に等しく情報量も膨大なのでいまだに地域限定に留まっている。それでも東北地区太平洋沖地震の巨大津波で福島第1原発が倒壊した時、記者会見で放射能漏れに関する質問に答えられないことを批判された缶内閣の杖野官房長官が不眠不休で対応に当たっている東京電力の担当者を首相官邸に呼びだして長時間拘束した愚挙を教訓にしているので石田内閣は報告待ちに留めていた。
「さらに中国から指令を受けた在日の中国人と韓国人のコンピューター技術者たちが業務を放棄し、一部は故意に回復を阻害する操作を実施したため公共機関や企業から依頼を受けたコンピューター会社は日本人や他の外国人に限定して対応せざるを得ず、企業各社は元より国民の皆さまにも多大なご迷惑をおかけしています」ここで石田首相は険しい顔で背筋を伸ばしたまま頭を20秒間下げた。この姿勢と時間が謝罪しても卑屈にならず、それでいて視聴者に心からの反省を感じさせるらしいが、スマート・ホンを使えない迷惑を被っている記者たちは慣れない手帳へのメモを止めて忌々しげにうなずいた。
「現段階では鉄道の運行再開に全力を上げていますが、点検に万全を期すため本日は終日運行停止とします」「発展途上国みたいに人力で運行すれば良いんだよ」石田内閣の四角四面の対応に記者の1人が呟いた。確かに発展途上国に限らず昔の日本でも、駅長が時計を見て発車させ、運転士も時計を見て速度で到着時間を調整していた。現在も基本的な操作は変わらないが、発車時間を中央管制するようになっているため駅長は乗客が階段を駆け上がってきても時間になれば情け容赦なく発車させてしまう。
「それでは質疑に移ります」「冒頭に総理は中国の破壊活動が原因と言われましたが、それを特定する具体的な証拠があるんですか」司会進行の官僚が声をかけると珍しく国営放送の記者が手を上げた。国営放送は局内にコンピューター担当の専門部局を持ち、熟練した職員を多数確保しているので通常のチャンネルでニュース限定の放送を再開しているのだ。各新聞社は地方の支社に記事を送ることができないので夕刊は休刊になった。
「保全上、探知した組織や場所は公表できませんが、システム障害が発生する数芬前に大陸方向から極めて表力な電磁波が放射され、国内の大型コンピューターと個人所有のパソコンやスマート・ホンが使用している中国製の電子部品が一斉に破損しました」「確かに」石田首相に代わって会場の横に控えていた担当者が説明すると国営放送の記者が相槌を返し、他の記者たちも舌打ちをして電源は入っても機能しない自分のスマート・ホンを見た。
「その直後に同じく中国から国内のインターネットにウィルスが大量に流入して次々に感染すると瞬く間に蔓延してインターネットを内部崩壊させました」「つまりハードとソフトが同時に破壊されたんですね」「その通りです」記者たちは旧電電公社とインターネットが同時に使用不能になったため車で取材に回れる首都圏限定の情報しか持っていない。これでは長期戦を前提にした対策を講じなければ社会から必要性を抹消されてしまう。
「当然、中国に抗議するんですね。損害賠償請求するとすればどのくらいと見積もっていますか」「しかし、中国とは沖縄で交戦状態に陥っていますから外交関係は断絶しているんでしょう」「どうしてこちらの問題を先に説明しなかったのですか。国家の存続に関わる安全保障上の最重大事件じゃあないですか」「午後にあった防衛大臣の緊急記者会見に補足があればお願いします」新聞記者が質疑の主導権を奪うと会見は混乱してしまった。壇上の石田首相は記者たちが勝手に始めた自由討論を黙って眺めていた。
「この場で補足するとすれば対馬の海栗島のレーダー・サイトは中国ではなく韓国軍の弾道ミサイルで破壊され、隊員3名が殉職しました。航空自衛隊は海栗島分屯基地を放棄して生存者は本土に移動させています。海栗島がカバーしていた空域はAWACSとEー2Dで補完しますから問題ありません」記者たちの自由討論が鎮まったところで石田首相が説明を始めると記者たちはメモしている手帳の次のページを開いた。
「韓国が我が国を攻撃してきた理由は」「発生時間は沖縄で中国海軍が敗走した直後ですから報復と考えて間違いないでしょう。これで中韓が軍事同盟を結んで協同作戦を開始したと見なければなりません」「いよいよ防衛出動を下達しますか」「ギリギリまで外交努力を続けます」石田首相の答えに対する記者たちの反応は賛否の2色に塗り分けられた。
- 2022/04/22(金) 14:25:20|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0