「警衛隊長、カメラ3号に侵入者です」数日後の深夜、某基地の警衛所では監視カメラの受像機を注視している空士の歩哨が警衛隊長の曹長に報告した。首都圏で監視カメラの導入が始まった頃、警衛所が狭くなることを嫌った基地では倉庫などを改装した別室に受像機を設置したが、深夜には座ったまま眠ってしまうことが多く、報告も不審な兆候程度では躊躇してしまうためこの基地でも警衛所内に設置している。
「とりあえず拡声器で警告して確認に行かなければいけないな」「小隊長からは逃がすことなくM5地雷を使用しろと言われています」他の職種の警衛隊長は過去の勤務経験で対処しようとしたが、仮眠中の警衛副長に代わり警備職の3曹が警備小隊長からの指示を伝えた。この指示は警衛隊長も上番時に聞いているが実際にそのような事態が発生するとは思っていなかった。警備小隊長はクレイモアとM5の導入が決まると団司令部防衛部の防衛班長と運用について協議してきた。防衛班長は航空方面隊司令部法務官から受けた「殺傷目的ではないM5の使用は現行法でも容認される」と言う見解を基地司令に説明し、基地当直幹部ではなく警衛隊独自の判断による使用許可を得ていた。確かに防衛出動待機命令の下令を受けた航空自衛隊が準戦時態勢にあることは周辺住民にとっても常識であり、その基地にあえて侵入してくる者を「破壊を目的にする工作員」と断定しても問題はないはずだ。ならば拡声器で警告を与えて逃走させるよりも負傷させてでも捕獲するのが対ゲリラ戦の基本原則だが、警衛隊長はその決断を躊躇した。まだ意識が準戦時にまで届いていないらしい。
「やはり基地当直幹部の指示を仰ごう」「勿論、電話はしますが、カメラ3号の位置では簡単にランウェイに侵入されてしまいます。M5は威力が限定的なので殺害しないでしょう。衛生隊に救護を要請する必要はありますが」警備職の3曹の反論に警衛隊長は立ち上がって歩哨の頭越しに受像機を覗くと2名の男が外周道路を越えて草むらをランウェイに向かって歩いていた。その人影は腕に箱を抱えている。平時であれば不正外出した人間が買った物を持ち返っているとも考えられるが、準戦時では最悪の事態を想定しなければならない。
「判った。地雷を爆発させろ」「はい、起爆します」警備小隊長は警備職の空曹が起爆させるように命じているため3曹が受像機の横の机に並べてあるスイッチから最寄りの番号を選んで押した。その時、警衛隊長は基地当直室に電話をしていた。
バーン。すると建ち並ぶ隊舎の奥から爆発音が響いてきた。カメラ3号はランウェイの端に近い位置なので想ったほどの大音響ではない。それでもグランド越しに建つ隊員の宿舎になっている隊舎では次々に窓に灯りが点灯した。
「警衛隊長の小林曹長です。只今・・・」「今の大音響は地雷を爆発させたのか」「はい、監視カメラで侵入者を発見しましたので基地司令の使用許可に基づいて起爆させました」「そうか・・・ご苦労さん」警衛隊長が夕方の上番時に警備小隊長から指示受けた内容を思い返しながら説明すると基地当直幹部の3佐は同じく防衛班長から受けた内容と照らし合わせながら納得した。これが平時であれば現場の空曹に侵入者を加害する権限を与えることは考えられないが、すでに準戦時なので手続きよりも発生した事態への対応を優先したのだ。
「衛生隊に救急車を要請しますが、単独では危険なので警衛所に寄らせて歩哨を同行させます。歩哨には実弾と武器を携行させたいのですがよろしいですか」「うん、当然だな」ここで起きてきて3曹の説明を受けた警衛副長が電話を代わり、矢継ぎ早に許可を求めた。平時でも警衛所には警衛隊長が携帯する拳銃の実弾は金庫に保管しているが小銃はあくまでも儀礼用なので実弾は置いていない。それでも防衛出動待機命令が発令されてからは非常事態に備えて小銃の弾倉と実弾も金庫に入れられている。
「総理があくまでも防衛出動の下達を回避して対領空侵犯措置と海上における警備行動で対処すると言われるんでしたら治安出動を発令して陸上自衛隊にも警察権を与えて下さい」事件の翌日の閣議で浜防衛大臣は石田首相に迫っていた。昨夜、某基地に侵入したのは市内に住む在日半島人の男2名で、ランウェイに接近していたためM5の爆風とBB弾を至近距離で浴び、腕と肩、大腿部を骨折して動けなくなっていた。歩哨と2人で担架に乗せ、救急車で衛生隊に運ぶと官舎で爆発音を聞いて出勤してきた衛生隊長の医官が応急処置し、そこに警務官が駆けつけて来て取り調べをした。2人が持っていた箱の中にはランウェイに撒き、戦闘機のインテイク(空気取り入れ口)に投げ入れる大量の釘が入っていて、緊急発進する戦闘機をパンクさせ、後続機はエンジンを異物吸入によって爆発させる使用目的を自白した。
一方、基地当直室には周辺住民からの抗議の電話が殺到したが、自白内容を説明たため自衛隊への批判を起こらず、むしろ当然視する世論が醸成されて浜防衛大臣も強気に出られたのだ。
- 2022/04/24(日) 15:52:07|
- 夜の連続小説9
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