「お母さん、お父さんは戦争の仕事のために帰って来ないんでしょう」旭川の広橋家では小学校から帰ってきた日和(ひより)が2階の居間でDJとして番組の準備に励んでいる照子に声をかけた。森田予備2曹が防衛出動待機命令を受けて北部方面混成団第52普通科連隊第2中隊所属の即応予備自衛官として旭川駐屯地に召集されて10日が過ぎている。日和の小学校は旭川市内でも駐屯地の官舎とは真逆の地域にあるため児童に自衛官の子供はおらず教員は「反戦平和」を表看板にした反自衛隊の教育を公然と口にすることがある。日和も保育園以来、母親同様の「牧場の娘」で通しているので遠慮はしないようだ。
「お父さんは北海道を守るために働いているのよ、戦争のためじゃあないわ」照子は自分が児童生徒・学生だった時に教員から受けた反戦平和の教育を思い出しながら否定した。北海道は第2次世界大戦後、満洲からシベリアに抑留されてソ連の共産主義の洗脳を受けて帰還した元兵士が多く、漁師が沖でソ連軍から受け取って持ち込んだ武器で何故か「自衛隊」と自称する革命軍を組織した時期もあった。そんな北海道の教員は元々がキリスト教の優越性を説いて多くの学生に洗礼を受けさせたウィリアム・スミス・クラーク博士を崇敬している北海道大学とその学閥の教育大学の出身者が多いので戦前から政府が強要する神国教育に反対し、戦後は共産主義に傾倒していた。日和の担任も北海道では標準的な教員なのだ。
「でもお父さんたちはロシアが攻めてきたら兵隊を殺すんでしょう。そうしたらお父さんも殺されるかも知れない。ウクライナと同じことになるって先生が言ってたよ」この論理も照子の時代と変わらない。照子の頃は自民党政権が北海道の防衛力を強化していることを批判するため教員は「抵抗するから戦争になる」と降伏による平和を勧めていた。しかし、照子は祖父から樺太に侵攻したソ連軍が無抵抗の住民を男性と老女や幼女は即座に殺し、性行為の使用対象になる女性は散々にレイプした後に殺したことを聞いていたので教員に質問した。ところが教員は「ソ連がそんなことをするはずがない」とアメリカ軍によるベトナム戦争のソンミ村の住民虐殺に話を置き替えた。今回の教材は2022年のロシア軍のウクライナ侵攻のようだが、日本のマスコミは全く報道しなくても安川2尉がオランダのモリヤ元2佐から聞いたと言う話ではロシア軍もウクライナでは女性たちをレイプしてから殺したらしい。国際刑事裁判所ではモリヤ元2佐が定年退官のため帰国中にモレソウダ首席検察官が退任し、2月の秘密選挙で決まっていた新任のハリム・ハーン首席検察官はイギリス国籍のムスリムだが頭が禿げ上がっていて3人の検察官のうち2人は禿げ頭になってしまったそうだ。モリヤ元2佐はそのハーン首席検察官の命を受け、ウクライナの現地調査に入ったようなので間違いなく事実だ。しかし、性教育も始まったばかりの小学校高学年の日和に集団レイプを説明するのは難しい。
「ロシアは戦争で攻めてくると自衛隊じゃあない人たちも残酷に殺すのよ。特に女の人は酷い目に遭わされるわ。だからお父さんは牧場の仕事をしながら即応曜日自衛官として北海道を守ってるの」日和が「酷い目」では理解できないのは承知しているが、照子も小学生の娘に「レイプ」を解説する気にはなれなかった。韓国では日本人女性に同じような凌辱が繰り返されているのだが、DJとしての調べ物以外はインターネットを閲覧しない照子は知らなかった。
「日和のお祖父ちゃんの昔のお祖父ちゃんも屯田兵って言って北海道を開拓しながら兵隊さんとしてロシアから日本を守っていたの」「その話はお正月やお盆にお父さんとお祖父ちゃんがしてるよ。下のお部屋に飾ってある学校の制服のお祖父ちゃんでしょ」日和にかかると明治時代の黒の詰襟の軍服は小学生の制服になってしまう。白黒写真なので判別できないが屯田兵の軍服は上下黒の一般の兵士とは違いズボンは灰色の霜降りで、両肩には緋色の肩章が付き、階級章は袖の金の線とお洒落だった。
「それから先生は北海道の自衛隊はもうすぐ九州と沖縄に行ってしまう。北海道を守るって言うのは嘘だって」「それは北海道だけじゃあなくて日本を守っているのよ。でもお父さんは屯田兵だから北海道を守るために残るはずよ」その郷土史も照子の担任は「日露戦争の時、満州での地上戦が優勢になると長岡外史は屯田兵を率いて樺太に侵攻した。軍隊に変わりはない」と切って捨てていた。陸上幕僚長は陸上総隊司令官から中国と韓国の脅威が迫り、実際に対馬が攻撃を受けた九州、沖縄、山陰地方への戦力集中を意見具申されたが、中国の海軍力の脆弱性が露わになった今はウクライナ侵攻以来、事実上の同盟関係にある中国の要請を受けてロシアの侵攻の危険性が高まったと反対していた。勿論、最高度の戦略判断が現場の隊員やその家族に漏れ伝わるはずがなく、ラジオ番組でも照子が即応予備自衛官の妻であることを知っている聴取者から心配するメッセージ・メールが届くことがあるがあえて読まないようにしている。
- 2022/04/27(水) 15:34:41|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0