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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

野良爺さんのその後

18年以上、小庵に住みついていた野良猫の爺さんが4月8日の佛陀ズ・クリスマスに急死して20日になりますが訃報に続報が発生しています。
爺さんにとっては最期の冬になった今年の1月以降、軒下の柱に祀ってある観自在菩薩像の前で日向ぼっこするようになり、それはまるですがっているかのように見えました。
岐阜県瑞浪市にはまんが日本昔ばなしでも取り上げられた「白狐の湯」と言う昔話があります。それは「土岐川の畔に庵を結んでいた坊さんが暇に飽かして彫った木製の弁財天像を庭先に祀ったところ読経中に1匹の年老いた白狐が前で聞いているようになり、その様子がすがっているように見えたため坊さんは声をかけ、白狐が咥えてくるヒトツバタコの葉に経文を書いて渡すことにしたのです。ところがある日、いつも時間になっても白狐が現れないため「書き終わる」と約束していた枚数では書き切れなかったことに気づき、坊さんが弁財天像を抱えて裏山に探しに行くと藪の中で経文を書いたヒトツバタコの葉の上で眠るように死んでいました。坊さんは約束を守れなかったことを詫び、白狐を埋葬すると上に弁財天像を置いて墓にしました。するとその夜、夢枕に白狐が現れ『自分の巣を掘れば温泉が湧く』と教えたので坊さんが村人と掘ってみると本当に温泉が湧き、それが現在の白狐の湯になった」と言うものです。
爺さんが帰依していた観自在菩薩像は野僧の主治医がデイ・サービス用の施設に改装するため購入した空き家の庭に投げ捨てて会った金属ゴミに紛れ込んでいたもので、ボロボロに錆びてはいても菩薩像なので粗末にはできず、たまたま受診した野僧に「持ってってくれ」と頼んだのでした。そこで野僧は全身を洗って錆を落とし、黒いペンキを塗って綺麗にすると意志地蔵が祀ってある柱の反対側の柱の下に鎮座させ、入魂=精入れの法要を勤めてからは毎朝夕夜に参ることを日課にしています。
小庵では1年半前に交通事故死した黒猫の音子は野僧の朝課と晩課の時、膝の上で聞いていましたが、爺さんも18年以上、土間や床下、縁側で聞いていたはずなので白狐のような信心を持つようになっても不思議はありません。
ところが爺さんが死んでからも小庵の中では時間を問わず爺さんが暮らしていたのと同じ物音が絶えず、時には鼻息やクシャミが聞えることがあります。そればかりか早朝に若い姿になって元気に庭先を走っていたのを目撃した人もいて「往生できない=迷っている」と言うよりも「死んだことを満喫している」ようです。
考えてみれば爺さんは餌と寝床を与えられた3食昼寝付きだったもののあくまでも土間限定の居候で、野良猫の作法で名前を付けてもらえませんでしたから佛間で葬儀を上げてもらった上、戒名を付けてもらえたのでやっと小庵の居住権を獲得できた気分になり、極楽へ往生するよりも小庵での生活を思う存分楽しみたいのでしょう。
野僧が小庵に入居した頃、長年供養されていなかった亡者の魂魄が多数居座っていて朝課・晩課の時には背後で並んで坐っていましたが、間もおなく1人ずつ消えて逝きましたから爺さんもそのうちゴー・ウェストで往生するのかも知れません。
観音さんと爺さん・22・1・8爺さん死去・22・4・8スミレの花咲く爺さんの墓

  1. 2022/04/27(水) 15:39:02|
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