「中国の次の一手はどうなる」目黒基地=駐屯地の陸上自衛隊教育訓練研究本部では韓国海軍による対潜哨戒機撃墜事件以来、陸将の本部長によって招集された陸将補の副本部長と各部長、空将補と海将補の空海幹部学校長による有事研究会が継続されているが、ここに来て新たな局面を迎えていた。中国は国際連合安全保障理事会の席で尖閣諸島に電波信号を建設していた漁民に沖縄県警の国境離島警備隊が毒ガスを使用して殺害したと主張し、常任理事国として日本に懲罰を加えることを宣言したのだ。実際、中国海軍の大型輸送艦を中核とする艦隊が東シナ海を奄美諸島に向かって航行し、接近した海上保安庁の巡視船に対して戦闘行動を取った艦艇を海上自衛隊の対潜哨戒機が撃沈した。すると即座に韓国軍が対馬北端の航空自衛隊海栗島分屯基地のレーダー・サイトに弾道ミサイルを射ち込んでレーダーを破壊し、事実上の開戦に至っている。研究会が開かれている本部長室の空気もこれまで以上に重苦しい。
「あの後の安全保障理事会で中国は今回の奄美大島への艦隊派遣は明治以降、日本政府に不法占拠されている琉球王国の領土を宗主国として平和的に占領して回復することを目的としていた。海上自衛隊の攻撃は国際連合常任理事国に対して再度繰り返した重大な戦争犯罪であり、韓国の弾道ミサイル発射は常任理事国による武力制裁を代行した正当行為だと主張しました」「その論理展開はこの席でも予想していた通りだな」航空の幹部学校長の解説に本部長が同調すると出席者たちもうなずいた。浜防衛大臣は日本周辺の安全保障環境の緊張激化に伴う即応態勢を維持するため上級幹部の人事異動を停止させていたが、事態の長期化を受けて定年退官者が出始めて、ここの出席者も数人が代わっている。
「そうなると今回の目標は琉球王国の領土の最北限の徳之島だったと見て間違いないのですが次回となると・・・中国からなら奄美諸島に五島列島、また韓国が代行するなら対馬と見島」「対馬は全島民の避難が終わって残っているのは韓国人の移住者だけです。日本から商品の配送が停止されて、韓国からの船舶の入港は海上保安庁が阻止しているのでそろそろ餓死しているかも知れません」実は山口県に避難した島民でも漁師たちは事前に山口県内の漁業協同組合に連絡して自分の漁船で移動していた。ところが忘れ物を取りに戻った漁民が連絡を断ち、インターネットに「テマド(対馬)奪還」と言うサイトを立ち上げた残留韓国人たちが暴行を加え、殺害したことを書き込んだのだ。そのため海上保安庁は犯罪捜査=現場保持を名目にして対馬周辺海域を封鎖する異例の報復措置を取っている。やはり相次いで巡視船を撃沈され、多くの同僚を殺害された怒りは法の番人の警察職員にも敵意を生んでいるようだ。
「可能性が一番高いとすれば対馬占領ですが、石田政権が国交断交を宣言していない以上、海上保安庁の強硬姿勢にも限界があります」「この期に及んで首相は何を考えてるんだろうか」石田政権はウクライナ侵攻では矢継ぎ早にロシアへの制裁措置とウクライナ難民の救援を決定したが、中国や韓国からは逆制裁と思われるような貿易措置を受け、その経済的打撃をマスコミに徹底的に批判されたため完全に懲りてしまっているらしい。
「ところでシーレーン防衛はどうなりましたか」ここで唐突に話題は世界に広がった。中国が日本へ本格的に侵攻するには海軍が海上自衛隊を撃破して制海権を奪取しなければならないが、前回は日清戦争の黄海海戦の再現になった。尤も海上自衛隊では陸上攻撃機がイギリス東洋艦隊を撃破したマレー沖海戦の再現と言っている。その弱い海軍力で次にやりそうなのがインド洋と南シナ海での日本の原油輸入航路の遮断だ。中国海軍はスリランカのコロンボ港に基地を持ち、ここを拠点にイギリス海軍とインド洋での制海権を争っているのだ。
「海上自衛隊としてはインド洋に潜水艦を派遣して現在航行中のタンカーを護衛させています。仮に中国の艦艇が我が国のタンカーを拿捕しようとすれば海賊船として沈んでもらうことになります。さらに自衛艦隊の主力は太平洋に展開して往復航路を確保します」「太平洋上では日米安保条約が発動されています」ここでようやくモリヤ将補が話に加わった。モリヤ将補のアメリカ海軍に関する情報は太平洋軍司令部連絡官だった時の人脈に加えて現役の海軍中尉からも入手できるので海上の幹部学校長とも遜色はない。
「しかし、大型タンカーはパナマ運河を通過できないだろう」「確かに現在のパナマックスは全長294・1メートル、幅29・1メートル、喫水深12メートルです」「パナマックスとはパナマ運河を通過できる船の大きさで戦艦ミズーリのサイズが限界値です」「だから全長330メートル、幅約70メートル、喫水深約45メートルの30万トン級の原油タンカーは通過できません」「しかし、加倍政権で鍛えられた官僚たちがアメリカ東海岸で納入した量を西海岸で受領できるようにアメリカ政府に掛け合ってアメリカ産の原油を輸入できることになりました」本部長の指摘には海上の幹部学校長とモリヤ将補が交互に答え、補足し合った。

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- 2022/04/29(金) 15:01:06|
- 夜の連続小説9
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