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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ100

「予想通りだな」スリランカのコロンボ市内の高層ビルの屋上から望遠鏡でハンバントタ港の一角を占有している中国海軍の基地を確認しながら田島3佐は同行しているスリランカ陸軍のニサンタ少佐とディサヤナケ大尉に声をかけた。今回、田島3佐は横田基地からアメリカ軍の輸送機に乗り、フィリピン経由でインド洋に浮かぶイギリス領ディエゴガルシア島のアメリカ軍基地に到着した。そこからは在スリランカ大使館の防衛駐在官が手配したアメリカ軍基地に食材を納入する業者の船で潜入し、在外公館警備官時代に信頼関係を構築していたスリランカ陸軍の士官たちの協力を得て中国海軍の動向を探ってきたのだ。
「ヨーロッパでは親中傀儡と言われているラージャパクサ政権も中国軍の『内戦に参戦する』と言う申し入れは流石に拒否したんだが、戦費と武器弾薬は全面的に支援を受けざるを得なかったんだ」ニサンタ少佐が口にしたラージャパクサ政権は2005年から2015年まで9年間在任し、スリランカ内戦を終結させて英雄視されたが、独裁・強権的な政治姿勢が顕著になり、2015年の大統領選挙で閣僚だったシリセーナに敗北した。
「あの頃、貴官たちに中国の下心を説明したのは俺だろう」「実はイギリス軍の駐在武官秘書官からも同じことを言われていたんだ」ニサンタ少佐の説明に田島3佐は苦笑した。大佐の駐在武官ではなく大尉で同格の秘書官と説明したところは不妄語戒(=嘘をつかない戒律)を保つ佛教徒らしいが、やはりイギリスも中国の腹黒さは見抜いているようだ。スリランカ内戦の反政府ゲリラ=タミル・イーラムの虎はイギリスが植民地時代に紅茶農園の労働力として強制移住させたタミル人にインドが軍事訓練を施した上で武器を与えた事実上の間接侵略だったが、ヨーロッパの人権団体は「佛教徒の政府がヒンドゥー教徒の少数民族を迫害している」と一方的に断定して批判したため旧・宗主国のイギリスを含めて支援を得られず、そこにつけ入ってきたのが中国だった。田島3佐は交流を持ったスリランカ軍の中隊長クラスの軍人たちに中国が経済発展によって獲得した潤沢な資金で属国化を狙う国のマスコミを買収して親中国の世論を醸成する一方で教育界に投資して将来のエリートたちを毛沢東思想に洗脳する長期戦略を説明してきた。中国にとってスリランカは中東からの原油の輸送航路と事実上の植民地であるアフリカとを結ぶ海上交通網の制海権を確保する上でのタイ、シンガポールと並ぶ拠点であり、獲得するためには手段を選ばず、金に糸目をつけなかったのは至極当然だった。
「しかし、あの軍港はラージャパクサ政権が終わった2017年に建設を始めたんだろう」「そうだ。シリセーナ政権が99年間の貸借契約を結んだんだ。シリセーナは日本やヨーロッパに復興支援を要請したんだが、例の人権弾圧問題で世論の反発をおそれて黙殺されたよ」「日本の加倍政権はインドとのクアッドの創設を優先したんだが・・・」田島3佐の答えにニサンタ少佐とディサヤナケ大尉は揃って苦虫を噛み潰した。田島3佐はシリセーナ大統領が2018年に来日した頃にはスリランカで勤務していたが、加倍政権は中国の一路一帯戦略に対抗するためアメリカと日本にオーストラリアとインドを加えた4カ国戦略対話=クアッドの創設を推進していてインドと対立しているスリランカに過度な肩入れはできなかったと防衛駐在官や親しい大使館員から説明を受けていた。
「それにしても中国はここでも万全な保全体制を確保しているんだな」協力者である2人の表情が険しくなったので田島3佐は潜入して以来、見聞してきたハンバントタ港内の中国海軍の基地の情報を評価した。すると2人も別の怒りを眼に浮かべた。
「ラージャパクサ政権はハンバントタ港の拡張整備事業で我が国の機械工業や建設業界にも多額の資金が落ちると説明を受けたんだが、それは既存の港湾施設の整備だけで軍港の増設工事には中国の企業を連れてきて建設資材から労働者まで一切関与できなかった」「それどころか現在も中国人の関係者は軍港内で生活していて外部と接触しない」「おまけに艦の燃料や消耗品も中国本土から運んで来て我が国では調達しないんだ」ここでは2人が交互に「熱弁」を奮った。その熱源は中国への敵意だけでなくまんまと術中にはまったスリランカ政府、中国の狡猾な情報戦術に共謀したヨーロッパと日本の人権団体に対する怒りだろう。
「中国は日本にある大使館や領事館でも同じことをやっているよ。大使館や領事館ではお茶汲みまで日本人を雇わないで在日中国人を採用している。その徹底的な隔離を新型コロナで発揮しなかったのは許せんがな」田島3佐はこの任務を命ぜられる前に日本国内で要人を籠絡するハニー・トラップの中国大使館の女性職員を処理したので内情には詳しい。あの時、警察の担当者は「中国やロシアはハニー・トラップを常習化しているだけに対策も万全だ」と半ば感心したように説明したが、今回の「開戦後に軍港内で中国艦艇を破壊する」と言う任務では実行手段がないことになる。兎に角、世界最悪の隣人に喧嘩を売られてしまった。
  1. 2022/04/30(土) 15:19:44|
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