「デモ隊が発砲を開始しました。危険ですから議場内で待機して下さい」「警察で大丈夫なのか。自衛隊を出動させろ」「共産党が何とかしろ。仲間だろう」連続する銃声に騒然となった議場内では議長が衛視から受けた報告を説明した。それでも議員たちは与党・野党で罵声の応酬を始めた。黙っていると恐怖に苛(さいな)まれて冷静でいられず、その醜態を晒すことで大幅なイメージ・ダウンになることを計算しているようだ。
「議長、衛視に傍聴者の身体検査と監視を命じなさい」「テレビ中継も中止させた方が良い」野次も銃声が聞こえる度に中断するので乱闘騒ぎに発展する気配はないが、ここで閣僚席から浜防衛大臣と立野官房長官が歩み寄って声をかけた。国家公安委員長は銃声が間近に聞こえた時点で退席して警察庁に連絡している。
国会議事堂周辺では機動隊員たちがフェンスにまで後退してそこで立てた盾の陰に身を隠している。国会議事堂の敷地は車道や歩道と段差がなく、突破されれば容易に侵入されるので人の盾になる覚悟で車道越しに飛んでくる弾丸を受け止めていた。そんな中で幹部警察官は自分の自動拳銃で車道に出てくるデモ隊参加者を射っているが、あちらは防弾チョッキや鉄帽を身に着けていないので命中すれば倒れ、救護できずに放置している機動隊員たちど並んで路上に横たわり、舗装道路に血の海を広げていた。しかし、幹部警察官が携帯している弾薬数は予備の弾倉を加えても50発にならず長期戦化すれば圧倒的に不利だ。
ババババババ・・・その時、高層ビルが建ち並ぶ東京都内ではあり得ないほど低空で飛行するヘリコプターの爆音が聞こえてきた。機動隊員たちが振り返り、デモ隊が見上げると白地に水色の線が入った塗装のヘリコプターが4機、国会議事堂の中央塔を掠めるように高度を下げてきた。ヘリコプターの側面のドアは全開にされ、数人が銃を構えているのが判った。
「SATだ」機動隊員たちは無意識に歓声を上げていた。警察の特殊急襲部隊=SATは一般的にはアメリカの警察のSWATを模倣したと思われがちだが、実際は1972年のミュンヘン・オリンピックで選手村がパレスチナ過激派によって占拠され、イスラエル選手団の選手とコーチ11名が殺害された事件を受けてテロ組織への対処の研究を始め、1977年9月のダッカ日航機ハイジャック事件で日本政府が日本赤軍の要求を丸呑みにしたのに対して同年10月に発生したルフトハンザ航空のハイジャックではドイツ政府が国境警備隊の特殊部隊・GSG9をイギリスのマンチェスター空港に派遣して10月18日に機内に突入して犯人を射殺したことで創設が具体化した。したがって参考にしたのは主にドイツのGSG9で、銃火器などの装備品もドイツ製を使用している。ただし、ドイツの国境警備隊は冷戦中の東西間の取り決めで国境付近に軍を配備できないため警察組織にしているだけで実態は軍隊であり、SATも陸上自衛隊のレンジャー訓練を経験している。
パパパパパ・・・。唐突に先頭の1機のヘリコプターで赤い閃光が連続して光り、銃声が響いた。同時にデモ隊の最前列で拳銃を構えていた参加者たちが倒れた。そして庭木に底面が振れるほど高度を下げた残りの3機から隊員たちが芝生の上に飛び降り、ドイツのヘッケラー・ウント・コック社製のMP5短機関銃を構えながら敷地内で配置につき、伏せて銃を構えた。
「警告なしか・・・・」「下手に時間を与えれば銃撃される懼れがあるからな」SATが展開し、事実上は任務を解かれた機動隊員たちは我に返って事態を論評し始めた。警察では銃器の使用に限らず実力行使に及び際には可能な限りの警告を与え、相手に逡巡させるように努める、このように唐突な発砲は目の当たりにしても現実とは思えなかった。
「今のうちに負傷者を収容しろ」「はい」デモ隊が蜘蛛の子を散らすように逃げ始める指揮官は冷静に指示した。機動隊は気づかれないように待機させていた車両で道路を塞ぎ、盾を抱えた隊員たちがあとを追った。盾が手放せないのは拳銃を乱射された時の防護のためだ。
「只今、社人党の徳島水子党首が警察に連行されていきます。容疑は本日、国会周辺で発生した在日中国人のデモ隊による発砲と殺人及び傷害を扇動・教唆した罪です」閉塞された市街地で大量の催涙ガスを浴びせられたデモ隊が拳銃を盲(めくら)射ちしながら制圧されると国会では徳島水子が今回の発砲による警察官と巻き添えになった市民数十名の殺人と傷害罪の共同正犯として連行された。ただし、国会議員は日本国憲法第50条と国会法第33条が与える不逮捕特権によって会期中は逮捕されないので取り調べまでだ。
「例え日本で中国による革命政権が成立しても祖国を裏切る政治家が許されるはずがありません。彼女は重罪に処せられるべきでしょう」国会内で記者の囲み取材を受けた共産党の委員長は冷たく切って捨てた。共産党が主張している日本の現状に対する批判も本人たちにとっては愛国心の発露なのだ。それにしてもこのまま日本で革命政府が成立させられるのだろうか。
- 2022/05/05(木) 14:27:40|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0