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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ126

「逃げましょう」「貴女は・・・」男たちが一目散に駆けていくと松山裕美は立ち止って見送っている元皇女に日本語で声をかけた。その前に3メートルほど前に転がっていたスプレー缶を拾ってきた。紅いラベルには緑の字で「噴霧春薬(媚薬スプレー)」と書いてある。
「危険です、早く」「私、逃げなければいけないことはしてないわ」松山裕美が急(せ)かしても元皇女は呆れるほど毅然とした態度で拒否した。松山裕美としては男たちが抵抗もせずに逃走したのは仲間を呼び集めるためであって凶器を持った男たちに取り囲まれればここが敵の本拠地・チャイナ・タウンだけに勝ち目はないと判断していた。
「問答無用、走りなさい」松山裕美は説明を求めている元皇女の手を引くとチャイナ・タウンの外で最も近いポリス・ボックスに向かって走り出した。しかし、高級な白のワンピースを着た元皇女は膝下までのスカートが脚にまとわりついて早歩きにしかならない。ハイヒールではないが踵が小さい皮靴も駆け足には向かない。
「夕餉の材料を買わなきゃ」おまけに元皇女は歩調を早めるどころか馬鹿なことを呟いて立ち止まろうとした。常に周囲に守られ、気配りに包まれて生活してきた元皇女は「悪意を持った人間による危険」と言う事態を全く経験していないらしい。これでは進学したキリスト教系の大学で早々とナンパ師の同級生に籠絡されたのも至極当然だ。
「いたぞ」「あそこだ」「逃がすな」「待てェ」案の定、背後の歩道から数人の男たちの罵声が聞こえてきた。声量から見てまだ100メートルは離れている。人数は5人ほどだ。
「急いで」「何故、逃げるの」「貴女が危険だからです」「貴女は誰」状況を理解しない元皇女は背後から迫る危機にも無頓着に質問を繰り返してくる。この状況ではチャイナ・タウンの住人に前方を塞がれる最悪の事態も予測される。松山裕美が単独であれば格闘技の経験がない男4、5人であれば打ち倒し、振り払って逃亡することもできるが、超が付くほど足手まといな元皇女を連れていては絶対に無理だ。
「失礼」松山裕美は手を放すと数歩先に出てしゃがみ、衝突した元皇女を背負って走り出した。これでも元皇女を走らせるよりは早い。松山裕美は走っていて小学校の運動会でオンブ競争に出場したことを思い出した。あの時は女子の部で優勝したが今回は罵声が近づいてくる。
「追いついた」「もう逃げられんぞ」間もなく松山裕美を追い抜いた男が前に立ちはだかり、取り囲んだ男の1人が背中から元皇女を引き剥がした。それでも元皇女は無抵抗だ。
「この女、極真空手をやるぞ、気をつけろ」「それでも中々の美人じゃあないか。一緒にいただこうぜ」「少し婆さんだけどな」男たちは肩で息を切らしながらもズボンのポケットから取り出した折り畳み式ナイフの刃を起こし、捕らえた獲物の品評を始めた。
「こっちが皇帝陛下の皇女さまかァ」それで興奮したのか元皇女を引き剥がした男が背後から抱き締め、両手で乳房を揉み始めた。それでも嫌がっている様子はない。かつての日本映画で大名の姫の入浴シーンを撮影した時、女優が歴史監修の学者から「高貴な女性は羞恥心を持たないから手で隠すことはしない」と演技指導を受けて無意識に秘部を隠してしまう仕草を抑えるのに苦労したと言う逸話があるが、元皇女がそうでも不思議はない。その様子を見た別の男が背後からナイフを松山裕美の首筋に当てると片手で乳房を掴んだ。
「フンッ」その瞬間、松山裕美の肘打ちが男の鳩尾(みぞおち)を捉え、崩れるように倒れ落ちた。松山裕美は日本人女性としては長身とは言え大柄な中国人男性よりは背が低く、鳩尾を下から突き上げる形になった。これは致命傷になることもある危険な技だ。
「てめェ」「殺れ」・・・「そこで喧嘩をしている者たち動くな」夢中で元皇女の身体を愛撫している1人以外の男たちが1歩引いてナイフを構えると車道からマイクのアナウンスが聞こえてきた。松山裕美が振り返るとニューヨーク市警のパトロール・カーが近づいてくる。
「やべェ」パトロール・カーが横付けする前に男たちはナイフを持ったまま駆け出し、警察官が車を下りると路地に逃げ込んだ。またもや1人は置き去りだ。
「お嬢さん、大丈夫ですか」「こちらは日本の元皇女で・・・」「オーッ、プリンセス亜子(あこ)」、松山裕美が腰の拳銃に手をかけながら歩み寄った警察官に被害者が元皇女であることを説明すると言い終わる前に大袈裟に仰け反った後、仰々しく挙手の敬礼をした。やはりニューヨーク市警も元皇女を非公式ながら重要警護対象にしていることが判った。
「貴女は日本政府の警護官なのね」「公務ではありませんが警護させてもらっています」警察官に促されてパトロール・カーの後席に乗ると元皇女は前を向いたまま無表情に呟いた。危険を回避できた安堵よりも警護の人間に守られたことが不満なようだ。今回はデモの指導者が個人の犯罪にするためチャイナ・タウンの住人に協力させなかったことが幸いした。
  1. 2022/05/16(月) 12:36:27|
  2. 夜の連続小説9
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