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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月22日・「にんじん」の作者・ルナールの命日

1910年の5月22日は児童小説の傑作「にんじん(=フランス語の原題は『人参の髪』の意)」の作者・ジュール・ルナールさんの命日です。
「にんじん」は赤い癖っ毛だったため家族から『にんじん』と呼ばれているフランスの片田舎で暮らすフランソワ・ルピック少年が主人公で、母親は容姿が奇異で突拍子もない発想を示し、思いがけない悪戯を好むフランソワ少年を毛嫌いして兄と姉ばかりを偏愛し、兄と姉は母親が冷淡に扱う弟を馬鹿にして父親は無関心」と言う家族の日常をフランソワ少年の目で描いた物語で、最後に母親の愛情に気づく場面以外は山場と言えるような展開はなく登場人物の言動や人間模様を少し屈折した皮肉な視点で描いていきますがその視点が次第に大人びていくことを実感できるところが面白みです。野僧はその前に夏目漱石さんの「吾輩は猫である」を読んでいたので猫が人間の少年に、明治の東京がフランスの片田舎に替わっただけのように感じました。
作者のルナールさんは1864年にフランス北部のマイエルン県の村落で地方役人の息子として生まれ、生後間もなく県内の両親の出身地に転居します。17歳でパリの中等学校に進学して高等師範学校を目指しますが、成績不振と興味が文学や演劇、ジャーナリズムに移ったため方向転換し、卒業後は働きながらの創作活動を始め、先ず詩集を自費出版しました。兵役後に詩や小説の執筆を再開すると篤志家の夫婦と知り合い、援助を受けて執筆活動を本格化して24歳で結婚、25歳で1672年に創刊され、何度も廃刊と復刊を繰り返してきた文芸雑誌「メルキュール・ド・フランス」の複刊に他の詩人や作家たちと共に尽力してこの雑誌に小説や詩、評論を掲載したことで知名度を獲得していきます。
やがて多くの雑誌や新聞にも投稿するようになり、1892年に「根なしかずら」、1894年に「ぶどう畑のぶどう作り」「にんじん」を発表しました。そうして1895年には郊外の村の古い農家を買い取ってラ・グロリエット荘と命名すると春から秋を過ごすようになり、1896年に「博物誌」と「愛人」、1897年に「別れも楽し」を発表すると作品が劇化されて人気を博したことで一流作家と認められることができました。晩年には住んでいた村の村長に就任しています。
ちなみに「にんじん」も劇化されていますがあらすじは小説とはかなり違い(夏休みにテレビの劇場中継で見ました)、1幕の短編になっている関係で登場人物が主人公のフランソワ少年=にんじんと両親、小説には登場しない家政婦のアネットの4人だけで、小説では物語の展開に比較的重要な役割を果たしている物臭で冷淡、学校では劣等生の兄は会話だけ、大人びた性格で必要最小限の愛情を示す美人の姉、ガールフレンドのマチルド、そして家政婦のオノリーヌは出てきませんでした。また小説ではフランソワ少年と母親のやり取りが次第に愛情の確認に発展していきますが、劇では父親との会話による心理描写が中心になっています。
現在の日本社会では母親が吐きかける皮肉な言葉や嫌がらせのような仕打ちが児童虐待と極めつけれれば学校の図書室には置いてないかも知れません。
  1. 2022/05/22(日) 15:16:54|
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