「私は日本を第2次世界大戦に引き込んで国家を滅亡させた元凶はA日新聞だと確信しています。A日新聞がスターリンの指令を巧妙に表現を換えた報道で日本のインテリ層を洗脳した結果、第1次世界大戦後の軍縮の気運で存在価値を失っていた青年将校たちはドイツのナチズムを模倣した軍国主義を妄信して政権奪取に暴走した。そうして大陸で王道楽土の妄想を実現させるように世論を誘導して・・・続きは先ほど言った通りです。その意味では陸海の職業軍人を除く満州事変以降の犠牲者に対する贖罪としてA日新聞の社員を皆殺しにしても当然です。しかし・・・」私の過激な見解に河瀬1佐が生唾を飲んだので続きがあることを示して冷めたコーヒーを飲み干した。河瀬1佐には私がA日新聞を断罪しているのは右翼団体が亡国報道を理由に憎悪しているのとは次元が違うことを判ってもらわないと戦前にテロ集団・血盟団を指揮した日蓮宗の井上日召の如き殺生坊主と同一視されてしまう。
「それでなくてもヨーロッパでは中国系のマスコミが配下の人権団体に日本政府による民族弾圧だって批判キャンペーンを扇動していますからね。これに言論弾圧まで加わるのは拙いでしょう」ヨーロッパでも日本と韓国の軍事衝突以降、アメリカほどの規模ではないが中国系と南北半島系の移民の団体が「日本は戦争犯罪を繰り返した」と批判する集会とデモを続けている。ただし、河瀬1佐は新任なのでロシアのウクライナ侵攻以前には中国の民族弾圧を巡ってヨーロッパの人権団体を反中親中に2分した批判合戦が起きていたことを知らない。
「あの批判キャンペーンはかえって中国がチベットや新疆ウィグルで続けている民族弾圧を思い出させることになりましたが」「ロシアのウクライナ侵攻で忘れられていたから逆効果でした」私の説明で河瀬1佐は中国が自ら墓穴を掘ったことを知り、唇を歪めて笑った。
「ここでA日新聞を実力で断罪すれば中国系のマスコミが言論弾圧に置き換えて批判キャンペーンを展開するのは間違いない。警察と自衛隊が実際に手を下したことが発覚すれば中国側の批判を事実化することになってしまいます」「確かに報道規制に留めておけば中国の批判も自国内の報道統制や報道弾圧に向けられるから二の舞は避けるでしょう」これが常識的な結論だ。
「つまり隠密同心・・・でしたっけ。隠密同心の活動を嗅ぎ回っている記者を個別に処理すればマスコミの体質から言って担当者が減少するのは間違いない。おまけにA日新聞の実態を政府が公的に暴露すれば影響力を低下させられるでしょう」日本のマスコミは昭和36年2月1日に皇室を揶揄する短編小説・風流夢譚を掲載した雑誌社の社長の自宅に押し掛けた右翼の少年が妻と家政婦を殺傷する事件が起きると皇室に批判的な報道を取り上げなくなった。また1994年12月6日にフジテレビの入江敏彦カイロ支局長と共同通信の沼沢均支局長が自衛隊のルワンダ難民人道派遣を取材するために搭乗していた小型機が墜落して死亡すると社員の労組が現地派遣を拒否するようになり、その穴埋めのため素性不明のフリー・ジャナリストの取材ネタを買うようになった。そのくらい口先だけの臆病者の集まりなのだ。A日新聞の体質については加倍政権がA日新聞が「勇気ある告白」と絶賛して全面支援した吉田清治の済州島での戦時売春婦の強制連行が虚偽であることを証明して以来、定期購読者以外の国民は疑いの目を向けているので現在の国情を考えれば大きな政治問題になることはないはずだ。とは言え隠密同心筆頭の田島3佐に提案しても全く意味はない。
「この結論を田島3佐に返信するにはこの部屋か隣の事務室で文書化させてもらわなければいけませんね。職場に私の日本製のパソコンを取りに行かなければ」「オランダ生活が長いモリヤ検察官でも日本製を愛用していますか」河瀬1佐の意外な返事に思い返すと前々任と前任の1等海佐たちが執務机に置いていた私物のパソコンはアップル製だったようだ。
「日本文を打つことがあるのでオランダの電気店で取り寄せています」「それでは日本で起こったシステム・ダウンの時に影響はありませんでしたか」河瀬1佐は日本が大打撃を受けた全国規模で同時多発のシステム・ダウンを経験したらしい。私は自宅でも日本製のパソコンを愛用しているがニュースで日本が直面している事態を知り、ただちにインターネットの使用は止め、梢がこちらで買ったアップル製のパソコンで情報確認するようにした。それでも日本発の情報は個人の書き込みもなく全面的なシステム・ダウンだったことを痛感した。
「発生時にはインターネットを接続していましたが機能障害は起こしていないので影響はなかったようです。予防処置としてしばらくはネットのケーブルを外していましたが、やはりヨーロッパにまでは攻撃を加えなかったのでしょう」「私は航空機が完全運休になってしまって赴任が大幅に遅れました。インターネットにスマホ、公共交通機関に買い物まで機能停止になって演習に行った時のような生活でした」意外ところで日本の苦境を知ることができた。その点、淳之介一家の離島生活はあまり影響を受けなかったそうだ。
- 2022/05/26(木) 15:20:22|
- 夜の連続小説9
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