「モリヤ検察官、帰国して調査してきてもらいたいことがあるんだ」オランダで私と梢がヨーロッパのマスコミが一向に戦火が燃え上がらない日本と中国・韓国の武力紛争を滅多に取り上げなくなったことに苛立っている中、ハリム・カサド・カマド・ハーン首席検察官に呼び出されて思いがけない命令を受けた。これでは現地取材に派遣される報道特派員のようだ。
「日本は今回の事態を通常の犯罪として国内法で処罰しています。今後、中韓軍が日本の領土に侵攻すれば国内法では対応し切れなくなりますが、現段階では国際刑事裁判所に提訴する必要性は認めていないでしょう」「確かにウクライナではロシア軍捕虜の戦争法を含む戦争犯罪を国内の法廷で審理していたが、日本では今のところ国内法だけを適用しているようだね」私の反論にハーン主席検察官も同意した。2022年のウクライナ侵攻ではロシア側は「戦争状態にある」と認めなかったものの第2次世界大戦後の法概念の変更で最後通告や宣戦布告などの手続きによる公式な戦争状態に立ち至っていなくても組織的戦闘行為が発生していれば戦争法が適用されるようになっているので(=日本の戦時国際法と言う呼称は時代遅れ)ウクライナは国内で発生した違反行為を戦争犯罪として告発できた。一方、日本は戦争法を適用しないことで殺人や破壊活動を犯罪として処罰しているのだ(戦争状態では正当行為になる)。
「中国は安全保障理事会で『日本の戦争犯罪に対して常任理事国としての懲罰権を行使する』と宣言した割りに腰砕けになっているね。緒戦から攻勢に出て日本本土を破壊した上で侵攻すると思っていたが、ジエー隊は見た目よりも強いのかな」ハーン首席検察官はイギリス国籍を取得していても中東出身なので軍隊を実戦経験で評価するところがある。その尺度で計られれば海外派遣でさえ安全優先の自衛隊は最弱の軍隊だろう。
「首席検察官は日本の剣道をご存知ですか」「サムラーイのフェンシングだったね」「剣道では竹刀と言う竹製の剣で試合をするんですが、現代の剣道家は竹刀の稽古を積んで真剣を揮うのと変わらぬ技量を身につけていると言われています」これは自衛隊体育学校格闘課程から日本武道館で開催された全日本剣道選手権を見に行った時に隣の席に座った当時の女性王者の福之上里美選手から修業の目的・将来の目標として聞いた話だ。福之上選手によれば剣道の高段者は真剣で切りつけられても身体の捌きで難なくかわし、竹刀に類する得物を持っていれば急所に痛撃を与えて容易に倒すことが出来るとのことだった。
「自衛隊も創設以来、剣道の竹刀の修業のような訓練に励んできたのでやはり世界有数の強さなんです」「モリヤ中佐が実戦で冷静沈着に3人の敵を殺したのはその訓練の成果なんだね」英語では修業と訓練はどちらも「トレーニング」になってしまうが、ハーン首席検察官は微妙なニュアンスの違いを理解してくれた。それにしても私が北キボールで日本人の男女を拉致して惨殺した現地の暴徒3人を刺射殺した戦歴を知っているのには驚いた。この様子では私が殺人犯として訴追され、裁判を受けたことも聞いているはずだ。
「それからもう1つ、日本は加倍政権の時に安全保障関係法を制定しましたが、その中でアメリカ本土が9・11のような攻撃を受けた場合、自衛隊を派遣できるように自衛隊法を改定しました。これによって日米安保条約は相互防衛条約になり、NATOと同様の強固な同盟関係になっています。アメリカ政府は国内の中国人華僑や半島系の移民の反対運動が暴動に発展することを恐れて日米安保条約の発動を躊躇していますが、現場ではアメリカ軍のROE(交戦規定)を最大限に活用して協同作戦を実施しているようです。これは中国にとっては計算外だったようで日本の輸入航路を遮断する一路一帯戦略も機能させられない状態です」これは現在、ディエゴガルシア島に派遣されてインド洋での対潜哨戒任務に当たっている志織から聞いた話だ。志織によれば日本の船団を護衛する海上自衛隊には必ずアメリカ海軍が随行していて中国海軍の潜水艦が敵対行動を採ればアメリカ軍のROEに基づいて先制攻撃して撃沈しているようだ。その数はどちらも明らかにしていないが、スリランカやドバイに配置している潜水艦の隻数が減っていることから見ても決して少なくはない。その志織はディエゴガルシア基地を飛び立つと宮中給油を受けてマラッカ海峡からアフリカ大陸沿岸までのインド洋全域を飛行していると言う。最近は中東で原油を積んだ日本のタンカーがアフリカの喜望峰回りでアメリカの東海岸に向かうようになったので飛行時間が長くなっているらしい。
「それでモリヤ検察官に調べてきてもらいたいのは」「はい」ここでハーン首席監察官が身を乗り出して話題を変えたので、私は昔の癖で「気をつけ」してしまった。
「中韓が全面否定している韓国海軍による対潜哨戒機の撃墜から沖縄の毒ガス使用までの事案で日本側が押収した証拠とその科学的分析の真偽だ。これで信頼性を判定できれば今後の対応が決まる」これは得がたい任務だった。幸い日本の入国・行動制限も緩和している。

福之上里美さん(当時19歳)
- 2022/06/05(日) 16:03:15|
- 夜の連続小説9
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