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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ151

翌日、私は佳織と一緒に厚木基地内に保管されている韓国海軍のコルベットに撃墜されたPー1対潜哨戒機の機体を確認した。陸将補の佳織の公務扱いの訪問なので本来は栄誉礼を受けるところだが、今回は国際刑事裁判所の検察官である私の調査への随行と言う位置づけにして辞退した。これは私が退役して検察官専業になったから許される裏技で、同様に国際刑事裁判所の検察官であっても陸将補が2等陸佐に随行することはあり得なかった。
「これが引き揚げられた機体ですか」「水深420メートルでしたが大部分を回収できました」「先ず殉職者の供養ために読経させて下さい」3等海佐の案内で格納庫の隅に置いてある機体の前に立つと私は肩から提げている頭陀袋から戒尺(小型拍子木)を取り出した。これも現役であれば民政党政権に厳格化された公務員の宗教行為に該当するため帽子を取って45度の敬礼をするくらいしかできなかったが今は堂々と実施できる。すると佳織が正帽を取って頭を垂れ、案内の3等海佐も倣った。しかし、火気厳禁のため残念ながら線香は焚けない。
カチッ、カチッ、カチッ。「阿弥陀如来根本陀羅尼、なうぼうあらたんなう・たらやぁやぁ・なうまく・ありやぁみたばぁやぁ・・・なもあみだぶ、なもあみだぶ・・・願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」佳織も聞き慣れている読経を勤めたが格納庫内に戒尺を打ち鳴らす音が響き、作業を中断した整備員たちも帽子を取って頭を垂れていた。私は航空機整備員だった頃、事故機の解体作業の前に供養と安全祈願を依頼されることがあったが、それが人としての自然な態度だろう。政教分離に関する民政党政権以来の愚かな指導は東北地区太平洋沖地震で市町村が遺骸安置所に線香を焚くことに東京のキリスト教団体が抗議したことに始まり、記者会見で被災地から遺骸を運び出す時、自衛官が手を合わせることを問題視された杖野官房長官が現場に徹底したことが踏襲されているのだ。
「弾孔の直径から使用した火器は30ミリ機関砲だと思われます。韓国海軍のコルベットでスイス・エリコン社の30ミリ連装機関砲を装備している初期型だったと推定しています」慰霊勤経が終わると案内の3等海佐は詳細な説明を再開した。この説明ならこちらから質問する必要はない。Pー1は艦対空ミサイルではなく機関砲で撃墜されたので機体の下面には多くの弾孔が残っている。つまり精密な照準で銃撃したと言うことだ。
「モリヤ検察官は現役時代、航空機体機整備員だったそうですから実際に触れて確認して下さい」「私の個人情報にえらく詳しいですね。確かに若い頃は第5航空群の隣で勤務していました。しかし、任官してからは陸上自衛隊でしたよ」私が勤務していた整備格納庫は道路1本を挟んで海上自衛隊第5航空群の整備格納庫だったので互いに顔を見知っていて、外出して飲み屋で一緒になると友人になったものだが、何十年も経っているので憶えているとは思えない。
「お嬢さんはPー8のパイロットでしょう。日米協同訓練で一緒になったウチのパイロットたちがサクラ・ファン・クラブを結成して色々と聞き出しているんです」「それは保存意識が足りんな。母親から指導しなさい」「あの娘は父親と兄の言うことしか聞かないから駄目よ」慰霊勤経の後に妙に軽い話題になってしまった。私は合掌・低頭(ていず)して殉職者に詫びた。
「こちらが主翼です。実弾のため現在は取り外していますが左右のパイロンに91式ASMが3発ずつ6発残っていました。その画像は後ほどお見せします」「つまりミサイルは未発射、韓国海軍のコルベットの沈没は別に原因があると言う決定的証拠なんですね」私の返事に案内の3等海佐は慎重にうなずいた。仮に今回の一連の武力衝突の個別事案が国際刑事裁判所に提訴された時(戦争そのものは担当外)、私の日本人の元自衛官と言う立場を問題化する法廷戦術を使われないように客観性に注意していることを重く認識しているようだ。
「ASMに水深420メートルの水圧が加わったことが証明されれば韓国側が主張する事後処置や映像の捏造は成立しなくなりますね」「流石は元航空機体整備員ですね。それはASMの金属製ではない部分の陥没で確認されています。信管部品も圧壊していますが安全装置が解除されていなかったので爆発は免れました」「やはりPー1のパイロットはASMを発射するつもりがなかったのでしょう」今度は案内の3等海佐のうなずきに少し力が入った。
「これは一般視聴者には見せられないな。ワシら世代はPTSDなんて関係なしに学校の平和教育で戦争の悲惨な写真を見せられたが、今時の家族は吐くぞ」格納庫での実機の確認を終えると司令部内の小会議室で事前に要望していた交信の録音と無人潜水艇が海底で機体を発見した時の映像を見せられた。編集していない映像では水圧で目が飛び出し、膨張した内臓で腹部が裂けた悲惨な遺骸が鮮明に映り、座席に座ったまま海底に投げ出されていた若いWAVESの遺骸には志織が重なって目をつぶってしまった。これだけ反論材料が揃っていながら日本政府が沈黙したのは、やはり外交的解決に固執した石田史雄首相の失策と断ぜざるを得ない。
  1. 2022/06/10(金) 14:42:39|
  2. 夜の連続小説9
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