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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ158

結局、最終日は周到な調整によって私の現地調整に貢献してくれた佳織=モリヤ将補の希望に応えて午前中は衛生学校で初級幹部課程とAOCの幹部学生を対象にした講話、午後からはCGS課程の学生たちとの座談会になった。午後の座談会には化学学校からも聴講生として教官が参加することになっている。完全な準備不足だが私は話が制御できない「口下手」、人の6倍喋る「六口(むくち)な男」なので何とかなるだろう。
「諸官の先輩たちも2011年3月11日の東北地区太平洋沖地震の災害派遣では津波や土砂崩れで死亡した多くの犠牲者の悲惨な遺骸を収容したが戦場には異次元の壮絶な様相がある。災害は人間や動物だけでなく建物や道具などの日常生活の場を一律に破壊するが戦争では殺意を持って人間を攻撃、殺傷する。災害の遺骸は恐怖と同時に諦めの表情を浮かべているが、戦没者は憎悪と怨嗟がこもっている。私のこの手は北キボールPKOで殺害した3人の現地人暴徒の血に染まっている。だからイスラム教のモスクでの慰霊の礼拜を欠かしたことはない」ここで両手を広げて突き出して見せるのは講師としては初歩の演出だが、現職の自衛官ではないから口にできる必要な説明を補足した。
「東北地区太平洋沖地震の災害派遣では発見した犠牲者の遺骸を搬送する時、自衛官が手を合わせているのを新聞やニュースで見た首都圏のキリスト教の聖職者が知り合いの新聞記者に抗議したんだ。すると記者会見で質問された民主党政権の官房長官が『現場を指導します』と答えたから新聞が『被災地で自衛官が宗教活動』と書き立てて禁止されてしまった。しかし、戦場に限らず多くの人々が犠牲になった現場で祈りをささげるのは人間としての常識だ。念を押しておくとワシは退役したから政治的な発言も制限は受けないぞ」最後の決め台詞で困ったような顔をしていた衛生学校長は安堵したように隣り席の佳織を見た。同時に部隊の常識に染められている2尉と1尉のAOCの学生たちは一斉に溜息をついた。この反応を見る限り、戦時下にあるはずの陸上自衛隊では「動脈硬化」と揶揄された体質は改善していないらしい。
昼食は目黒駐屯地に帰って久しぶりに航空自衛隊の部隊食を食べた。定年退官でも特別昇任しなかった元2等陸佐としては極めて僭越なことに佳織と一緒に将官席で食べたが、献立は大半が幹部学生の隊員たちと同じとのことだ。食事が終わり、佳織の執務室で待機しているとCGS課程の担当教官の1佐が呼びに来て教場に案内された。
「講師を紹介します。オランダのハーグにある国際刑事裁判所のモリヤニンジン検察官です・・・」担当教官は講師と紹介したが座談会のはずなので座長の方が正解だ。国際刑事裁判所の所在地も間違っているから訂正しなければならない。しかし、自分よりも階級が低かった人間を講師・座長として奉らなければならない担当教官の気分も理解するべきだろう。
「これは座談会と言うことなので学生だけでなく教官や聴講生も自由に質疑応答することにしよう。先ず1つ訂正しておきます。私が勤務する国際刑事裁判所の所在地はスフラーフェン・ハーグで憲法では定められていないオランダの首都です」「オランダの首都はアムステルダムじゃあないんですか」「アムステルダムは憲法で定められている首都ですが、王宮や中央官庁、国際機関の大半はスフラーフェン・ハーグにあります」陸上自衛官にしては珍しく初一本の質問をしてきた2尉の学生を賞賛したくなったがレベルは中学校の地理の授業だ。昔から菓子を囲んで最初に手を出す奴は英雄、最後の1つを口に入れる奴は大物と言われているが、これで座談会も自由闊達な討論になりそうだ。
「座長は元普通科連隊の中隊長だったそうですが、ウクライナでの戦闘から陸上自衛隊が学ぶべき教訓はありますか」CGSには外国軍からの留学生も多いはずだが、中国が安全保障理事会で日本への懲罰を宣言して、実際に艦隊を派遣した時点で帰国させた国が多く大半は日本人だ。ならばこの質問にも本音で答えられる。
「今回、ロシア軍は1939年のフィンランド冬戦争の敗北に学んでいなかった。本来は始めから東部と南部地区の占領と併合だけを侵攻目的にするべきだったんだ。一方、ウクライナ軍はフィンランド軍の戦訓を学習して発展させていた。私は15万人に過ぎない陸上自衛隊が正規軍の編制を採っているのはミニチュアに過ぎないと思っている。だから中隊長時代も自転車による機動力を発揮するゲリラ戦を研究していたんだが、惜しむらくは私の駐屯地には自転車で移動可能な距離に訓練場がなくて実証することができなかった。本当は演習場まで自転車で機動して車両で移動してくる部隊を襲撃する訓練をやりたかったんだがな」おそらく陸上自衛隊の普通科の幹部では私1人だけの戦術構想をCGSの学生に語ることができただけでも佳織に感謝しなければならない。しかし、日本が直面している事態はこの課程学生たちが卒業して部隊で活躍するのを待っていてくれそうもない。
  1. 2022/06/17(金) 15:08:54|
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