「化学学校法務担当教官の佐藤知美3佐です。以前は懇切丁寧なご指導を有り難うございました」CGS学生との座談会が予定外の戦術論に傾いてきた時、傍聴者席のWACの3佐が手を上げて思いがけない自己紹介をした。佐藤知美3佐とは面識はないが私の後任として陸上幕僚監部法務官室で勤務していた1尉の頃に加倍政権が提出した安全保障関連法案の部隊に配布する解説資料の作成と熊本の震災で直面した職務能力の限界に関する苦悩を綴った手紙が届いた。しかし、化学学校に転属した通知は受け取っていないのでその程度の相手のはずだった。何にしても普通科の幹部としては挫折した私には絶妙な助け舟ではある。
「ウクライナ紛争では双方が化学兵器の使用を告発し合っていましたが実際はどうだったんですか」聴講者の佐藤3佐が自分たちの議論に割り込んできたように感じたのか露骨に不快感を見せていたCGSの学生たちもこの質問には興味を引かれたようで黙ってこちらを向いた。
「残念ながら化学学校のプロの教官の質問に答えられるほどの経験はしてないよ。兎に角、双方が殺戮の限りを尽くしていて戦争犯罪が常態化していたんだ。強いて言えばウクライナ軍が拠点にしていた製鉄所や工場では砲弾や銃弾による外傷がない遺骸が多数確認されている。ただし、遺骸を収容したのは制圧したロシア軍だから検屍はできていない。私も逃亡に成功したウクライナ軍が撮影した画像で見ただけだ」「国際刑事裁判所として強制調査することはできないんですか」「告発された事実を当事者の同意の下で調査することが基本なんだ。それでも欧米では文民が告発すれば戦争犯罪も一般の刑事裁判所で審理するからそれほど重大な問題ではない。日本では判例がないがな」「そうかッ、軍法会議がなくても裁判できるんだ」やはりCGSの学生たちは日本国内で頻発している銃器による発砲事案を刑法や銃砲刀剣類所持等取締法で対処していることに限界を感じていて戦争法の適用を議論しているようだ。
「本当はモリヤ2佐の定年退官行事に参加したかったんですけどコロナの行動制限が厳しくて大宮からも来ることができませんでした。お会いできて感激です」座談会が終わると佐藤3佐は廊下に先回りして待っていた。私の両側には佳織=モリヤ将補と案内の担当教官の1佐が並んで歩いていたが佐藤3佐は立ちはだかるように止めて両手を差し出した。衛生学校の廊下では中村昌代准尉に背後から抱きつかれたが、そこまで親しい関係ではない。それにしても将補と1佐を無視して握手を求めてくるのは組織人として大胆過ぎる。
「ワシも実物に会えて嬉しいよ。こんな可愛い娘ちゃんだったらもっと熱心に手紙を書いたんだけどな。痛てッ」毎度の冗談を口にすると横から佳織が拳で脇腹を突いた。オランダで一緒に生活するようになった梢も日本の女性からの手紙には軽い警戒心を示していたが、私が回し読みさせるので今は特に違和感は持っていない。
「陸曹たちは転属したんだろうけど二村事務官はまだ居るのかね」「二村事務官は使い物にならないので私が法務官に要望して他の駐屯地に移動させました」私が2001年7月1日の定年退官行事で市ヶ谷に行った時、法務官室にも顔を出したが二村由美事務官を含めて知った顔は居なかった。私は経験豊富な岡田恵子事務官だったので弁護士との兼業でも円滑に職務を果たせたが、私でも手に持て余した二村事務官では若い佐藤1尉は足を引っ張られただけだろう。立ち話を終えてもう一度両手を握り合うと今回は何事もなく別れた。
「ダブルの布団は貴方が来た時以外は使わないからシングル2枚に替えたいんだけど・・・」「お客さんは来ないのか」「志織が厚木に来た時に泊まるくらいね」東京での最終夜、佳織と並んで寝ていると妙な話を切り出した。佳織は現在の事態が終結すれば退官してハワイに帰る。それまでに私の帰国がないことを実感しているのだろう。
「このダブルは守山で結婚した時に名古屋のデパートで買ったんだよな。20年以上使っているからそろそろ限界だね」「この布団で思いっ切り愛してもらったわ」「志織が生まれてからな」結婚した時に佳織の腹に宿っていた志織も20歳を過ぎているのだから布団としては綿が薄くなり、シーツの下のカバーも破れ始めているはずだ。
「貴方の愛撫は私を痺れさせたわ。今夜はあの時みたいに痺れさせて・・・」「前戯だけで好いんだな」「馬鹿・・・」私の余計な確認に佳織はかすれた声で返事をした。バイアグラを勧めた中村准尉ではないが、私は男性の更年期の標準的年齢になっているので始めから期待されていない。梢が一緒に寝ていて言うには性器の結合を性行為の目的にしているのは男性の射精本能であって女性は口づけから愛撫や性器の結合までの流れに優劣はないそうだ。男性の巨大な性器に快感を覚えると言うのも勝手な思い込みらしい。そう言えばアメリカ海兵隊の男性兵士との性行為を経験しているはずのジュディ・アイランド軍曹は私の粗チンでも快感に溺れていた。私も佳織の乳房の膨らみと弾力、体温や肌触りを久しぶりに堪能した。

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- 2022/06/18(土) 14:45:36|
- 夜の連続小説9
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