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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ162

翌朝、佳織とは新大阪駅で東西=上り下りに分かれたが、先に列車に乗る前、当然のように抱きついて唇を重ねてきたのは頭を剃った作務衣姿の私の立場を無視している。関西には本山や有名寺院が多いので偉い坊主が見ている可能性が高い。せめて威儀細を外して宗派を隠蔽させてもらいたかった。法然上人は弟子の親鸞とは違って自らは戒律を堅持した清僧だったのだ。
「警備の自衛官たちはあの大胆な女が陸将補閣下とは思わなかっただろうな」幸い下り方面はホームが違ったので目撃者はいなかったが、新型コロナ対策で空席が目立つ列車の中で私は今回の佳織の行動に呆れながらホームの売店で買ってきた週刊誌を開いた。
博多では佳織が予約してくれたビジネス・ホテルでチェック・インして、東区にできた福岡モスクで拜礼した後、夜は福岡地方裁判所での検事の司法修習中に通った居酒屋に顔を出してみた。博多の街も新型コロナ・ウィルス感染症と在日中国・韓国人による発砲事件の頻発で夜間の行動制限が厳しく、天神や中洲の屋台や飲み屋も開店休業状態だった。
「お客さん、見たことあるばい」威儀細を外して作務衣を着ている私がカウンターに座ると店主はお絞りを渡しながら遠慮なく顔を注視した。通ったと言っても10数年前で期間も2か月に満たないならから本当に記憶にあるのかは不明だ。何よりも坊主と言う先入観が推理を邪魔するはずだ。ところが接客のプロの頭の構造は常人の想像を超えていた。
「モリヤさんたい。裁判所に司法修習に来てたっしょ。今は何ばしよっとね」私は呆気に取られてしまった。確かに司法修習生そのものが珍しく、おまけに現職自衛官と言う変わり種だったので記憶に残っていても不思議はない。上に厚く積もっている別の記憶を搔き分けて埋もれていた記憶を掘り出したのだろう。
「今は自衛隊を退役してオランダの国際刑事裁判所で検察官をやってるよ」「そうとね。凄かばい」カウンターの中から生ビールのジョッキを手渡した店主は大袈裟に感心した。と言っても感情表現が率直な九州人としては普段通りなのかも知れない。
「オランダも海ッぺたの国じゃけんど魚を喰うっとね」「オランダも漁業は盛んだよ。ヨーロッパでは唯一、ニシンに酢をつけて生喰いにするんだ」「酢鯖みたいなもんたい」刺身の盛り合わせを作っていた店主は自分の言葉に身体が反応して作り置きしてあった切り身の酢鯖をガラスの冷蔵ケースから取り出すと数枚切って皿に載せた。
「こっちは漁師が中国の拳銃の持ち込みに協力しちょるって疑われて遠くまで行けなくなっとるばい。だから魚の種類が限られとると。まァ、滅多に客が来んからそれでもよかたい」「やっぱ美味か。最高ばい」店主の顔と口調が暗く沈んだので今度は私が大袈裟に賞賛した。昔から悪人になれない東北弁、堅物になれない関西弁、弱気になれない九州弁と言われているが、激励するのは九州弁に限る。その時、店の引き戸が開けられた。
「こんばんは。飲食店街の巡回です」「今日はお客さんがいますね」振り返ると迷彩服と防弾チョッキを着て鉄帽をかぶり、肩に短機関銃を提げた陸上自衛官が2人立っていた。自衛官は店主に話しかけながら私を注視している。この様子では職務質問を受けそうだ。
「こん人は元自衛隊の幹部で今はオランダの国際裁判所の裁判官をやっとるおマン(お前)たちの大先輩たい」「お名前をお聞きかせ願えますか」「元陸上幕僚監部法務官室のモリヤ2佐、今はオランダのスフラーフェン・ハーグにある国際刑事裁判所で次席検察官をやっている。今回は日本が巻き込まれている武力衝突の現地調査のために来日した」求められたのは氏名だったが手間を省くために必要事項を自己申告した。すると陸曹の方が「モリヤ2佐って現職の弁護士だった人だな」と陸士長にささやいている小声が聞こえた。
「身分を証明する物はお持ちですか」「パスポートならあるよ」それでも2人は手順を確実に踏むようで身分証明書の提示を求めてきた。昔の陸上自衛官気質なら元2佐と名乗られればその時点で最敬礼して、後は融通を利かせて気を煩わせるような手順は省略したはずだ。それだけ緊張感が高まっていることになる。
「なるほど・・・ご協力有り難うございました」私が立ち上がって頭陀袋から取り出した日本政府発行のパスポートを手渡すと陸曹は陸上自衛隊の70式制服を着た顔写真と現物の私を見較べて苦笑しながら返却した。意外なことに国際刑事裁判所では判事や検事、一般職員などの身分証明書を発行しておらず建物内に席を保有している事実が身分の証明なのだ。したがって日本では職務を証明する手段がない。
「モリヤ元2佐、我々後輩のためにも中韓の不当な武力行使の事実を確認して帰って下さい。敬礼」「お願いします」「ご苦労さま」2人は入口に整列すると陸曹の号令で吊れ銃の敬礼をした。それに対して私は合掌して自衛隊にはない90度の敬礼を返した。
  1. 2022/06/21(火) 14:12:02|
  2. 夜の連続小説9
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