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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ165

九州での3日目は熊本県建軍駐屯地の西部方面隊総監部だ。やはり陸上自衛隊は元2等陸佐を将官の方面総監閣下や幕僚長閣下に会わせたりはせず、1等陸佐の防衛部長が対応した。それも挨拶だけで2佐の担当者に引き渡された。これなら作務衣に威儀細でも十分だ。
「九州防衛は色々と大変なようですね」西部方面隊は今回の中韓との武力衝突では作戦正面と想定され、実戦態勢に入っていることは警衛所の上に機関銃座を据え、歩哨が肩に吊った小銃に弾倉を装填していることでも判ったが、まだ犠牲者は出ていない。それでも昨日面談した対馬市の関係者から長崎県を含む地方自治体が組合員の執拗な反対で離島の島民の避難や防護施設の建設などに着手できず作戦準備が停滞していることを聞いてきた。
「九州は昔から中国人と韓国人の移住者が多い上、社会に組織が根を張っているので警察も捜査に手を焼いています。それでも治安出動した自衛隊の警察活動を拒否する自治体が多くて・・・。おそらく中国・四国地方の数倍の拳銃と実弾が持ち込まれているはずですが、摘発数は思うように伸びていません」小会議室で担当者はWACの陸曹が運んできたコーヒーを勧めながら丁寧に質疑応答を始めた。私が前河原と富士学校を終えて香川県善通寺駐屯地に赴任した翌年、超大型台風17号と19号が相次いで九州を縦断して甚大な風倒木の被害が発生した。そこで各県は陸上自衛隊に撤去作業の長期災害派遣を要請したのだが一部の地方自治体が拒否して所轄の消防に実施させたため本来の消火や救難が大きく滞ってしまったことを聞いている。災害派遣で起きたことが国土防衛・治安維持でも繰り返されているらしい。
「離島の住民避難が進まないと沖縄戦の悲劇が繰り返されることになりますよ」これは今回の来訪目的でもある戦時における文民保護の準備状況の確認だ。戦争法では文民=非戦闘員の保護は行政の担当で(敵味方不明の在日中国・韓国人も含まれる)、軍は攻撃時に文民の存在の有無を戦闘に支障がない可能な範囲で確認し、同様に避難に協力するところまでだ。しかし、国内戦となれば第2次世界大戦のように「国家のために犠牲になるのは国民としての本懐」と言う洗脳教育が行われていない以上、日本国民は漏れなく保護対象になる。
「実はその沖縄戦が住民避難を阻害する要因になっているんです」「あの悲劇を広報しても駄目ですか。住民が犠牲になった資料には事欠かないでしょう」意外な回答に具体的な利用法を提案したが担当者は複雑な表情で首を振った。
「実は沖縄の第32軍司令官の牛島満中将の御子息と呼ぶべきか、ガキと言うべきか・・・が鹿児島県内の教員を定年退職してからは反戦活動家になっていて、今も離島で『軍は絶対に住民を守ってくれない』『自衛隊の配備を断固拒否しろ』と言う巡回講演会を繰り返しているんです」陸上自衛隊の幹部としては帝国陸軍の著名な将軍の息子の裏切りに怒り心頭に達するのは当然だが私は別の類似例を知っている。
「沖縄根拠地隊司令官の大田実中将の息子も広島県内の教員から反戦活動家になっていたよ。養子に出た弟は海上自衛官として湾岸戦争後のペルシャ湾掃海隊司令を務めて海将補で退官したけどね」大田中将の反戦活動家の息子は山口県防府南基地の航空教育隊の班長だった時、官舎に日教組の組合員が配ったらしい講演会の案内が届いて存在を知ったのだ。前世は沖縄戦で戦死した海軍陸戦隊の中尉=元部下の私としては制服姿で聴講して徹底的に反論してやりたかったが、部隊で参加禁止が指示されてしまった。
「要するに住民が避難しなければ日本政府は自衛隊を配備して戦場にすることはできない。日本版の人の盾にするつもりなんだな」「おまけに県知事もマスコミの取材に対馬からの警備隊の撤退を対立の平和的解決の実例として踏襲すると明言していて積極的な支援は期待できない状況にあります」こうなると仮に奄美諸島や五島列島で戦闘が発生して住民が巻き込まれても文民保護を怠ったのは行政と言うことになり、守備する自衛隊だけでなく侵攻した中国軍と韓国軍の戦争責任までは不問に伏せられかねない。私は沖縄で勤務していた頃、多くの戦争体験者の話を聞き、自室を図書館と呼ばれるほど資料を収集していたので沖縄戦における住民被害についても熟知している。沖縄県と第32軍は当初、老人や子供は本土に避難させる計画だったがアメリカ海軍の潜水艦によって学童疎開船・対馬丸が撃沈されてからは拒否する県民が圧倒的になり、沖縄本島では主戦場を上陸する読谷と嘉手納から軍司令部を置く首里、側面攻撃が予想される小禄までと想定して南部と北部地区に避難させることにした。住民に多大な被害が出たのは軍司令部が摩文仁に移動してからだった。それまでは住民自らが志願して軍の支援に当たり、戦闘に参加していた。その意味では沖縄戦を住民が戦争に巻き込まれた実例とするのは適切ではない。本来であればペリリュー島や硫黄島のように住民がいない島を要塞化して徹底抗戦するべきなのだが、どう考えても無理だ。
  1. 2022/06/24(金) 13:27:10|
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