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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ167

「モリヤさんも新隊員教育隊の中隊長だったんでしょう」山中区隊長が先に酔ってくると奥さんが横に座って長年陸上と航空の垣根越しに眺めていた私の自衛官人生に感じていた疑問点を質問してきた。どうやら部内紙・朝風で人事異動も把握していたようだ。
「はい、妻がCGS、航空で言うCSに入校したんで演習がない教育隊の中隊長になりました」「俺はお前の女房に会ったことがあるたい。隊友会で久留米の幹候校に見学に行ったんだ。他の連中は女の校長で大丈夫かって馬鹿にしていたが、俺はお前の女房なら只者じゃあないって思っていたよ。そしたらお前以上の大物だった」流石に山中区隊長の人物を見る目は鋭い。それでも奥さんは夫よりも妻を上位とする評価に私が気分を害することを心配したのか話題を変えた。やはり青森県出身の奥さんも九州男児の取り扱いが身についているらしい。
「モリヤさんがアフリカのPKOで裁判にかけられた時には2人で面会に行こうって話し合っていたんだけど・・・」「教育隊は駄目だ。大隊長の俺が教え子の面会に行くって説明しても群司令は旅行計画に印鑑を押さなかった。俺が政治問題に関わることを恐れたんだろう」「塀の外ではそんな騒ぎになっていましたか」私の他人事のような返事に山中区隊長と奥さんは呆気に取られた後に顔を見合わせた。しかし、淳之介は沖縄の玉城家に預け、佳織と志織はアメリカに行っていたから実際に他人事だった。それを聞くと作野曹長と中村昌代3曹が東京拘置所に面会に来てくれたことの有り難さが再認識された。今回、中村准尉にファースト・キスを与えたことはせめてもの恩返しになる。無意識に乳房を揉んだオマケ付きだ。
「それにしても裁判が終わったら弁護士になっていて主人ともキツネに摘ままれたような気分でした」「一体どうなってたんだ」「私は大学の法学部を2年で中退して自衛隊に入ったんです。だから拘置所で担当弁護士を教官にして猛勉強したらマグレで司法試験に合格しました」この件は2人にとって本当に謎だったようで私の説明を真剣に聞いていた。
「部外に受かるくらいだから大卒並みの実力はあったんじゃろう。頑張らしゃったな」ここで山中区隊長がグラスを捧げたので私も合わせ、奥さんの湯呑と3つで乾杯になった。
「それからの活躍は新聞で読んでました。テレビにも出てましたよね」「迷彩服で法廷に出ていたのには驚いた。あれは許されるのか」「弁護士の服装は法廷の権威を失墜させなければ自由です。私にとって法廷は戦場ですから戦闘服にしました」海外ではオランダを含め拡大陪審席として裁判がテレビ中継されるが、日本では開廷前に被告人を待つ裁判官と検察官、弁護人の撮影だけが許されている。確かにあそこで迷彩服は目立っただろう。
「お前や森田のように戦争を現実として研究していた奴がいたから自衛隊もお国の役に立ってるんだな」「それを育てたのは区隊長じゃあないですか」「俺は人間を育てることしか考えていなかった」やはり山中区隊長は教育幹部だ。今は愛媛に帰って蜜柑農協に務めているらしい森田曹候生も呼んで一緒に飲みたくなった。
「ところでお前、前の女房とはどうして別れたんだ」「げッ」山中区隊長は唐突にとんでもない質問を投げつけた。山中区隊長は銃剣道が得意だったのは憶えているが、この刺突は防具をつけていない部位への反則技だ。
「何でご存知なんですか」「ここ数年、定年退官して隊友会に入ってくる元陸自の幹部の中にお前と幹候校の同期って言う連中がいるんだ。ソイツらはお前が入校中に女房が起こした金銭トラブルを服務事故にされて成績が大幅に落ちた。今の女房に乗り換えて正解だったと教えてくれたんだ」おそらく酒席での話題とは推察するが個人情報の漏洩としてはかなり始末が悪い。少なくとも同期の佳織はまだ現役なので迷惑がかからないか心配になる。バブル期入隊の幹部候補生なので人罪とは言わないまでも人害が揃っているようだ。
「私がカンボジアPKOに行っている間に陸曹と不倫関係になりまして、円満な話合いで私が息子を引き取って離婚しました」「別れた夫に子供を押しつけるなんて最低の女ね」「もう死にましたからその辺で」私の説明に奥さんが女性として憤ったが美恵子はすでに死んでいるので鞭打たせるのは控えた。これは美恵子をかばったと言うよりも奥さんを守ったのだ。
「お世話になりました」「これはお土産よ。自家製の沢庵、評判良いのよ」翌日、私は山中区隊長と奥さんに熊本空港まで送ってもらって沖縄に向かった。すると奥さんは荷物を預ける直前に紐で厳重に括った段ボール箱を手渡した。受け取るとズッシリ重かった。
「俺が畑で作った大根で作っとるたい。知り合いに配っとるが美味いって評判が良かと。口に合わんかったらうしててくれ(捨ててくれ)」「沢庵は坊主の主食ですから助かります。向こうの日本人にも配らせてもらいます」思いがけない土産ができて大いに助かった。
「気っつけちいかにゃんばいた」最後は熊本弁で「気をつけて」と送られて別れることになった。
  1. 2022/06/26(日) 14:33:58|
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