首里のマンションに到着して梢の兄・恵昇の位牌壇に熊本空港で買った銘菓・誉の陣太鼓と山中区隊長に渡された自家製の沢庵を供えて供養の読経を勤めた。背後には安里家の両親と梢、あかり、いりえの順で並んで座っているが、いりえの正座は折り目正しく坊主の息子として私の教育を受けた淳之介の躾が窺われる。この部屋にはあかりといりえ母子が寝ているようで隅には畳んだ蒲団が積んであるが、積み方が手で計ったように揃っているので視覚障害者のあかりが自分でやったらしい。航空自衛隊の毛布の畳み方を思い出した。
「佳織は元気だった」居間に移動していりえに土産のクマもんグッズを渡したが、考えてみれば沖縄には熊がいない。そこで私がスマート・ホンで検索した画像を見せながら説明した。続いて誉の陣太鼓を開けると茶話会になった。すると梢が真顔で訊いてきた。
「本土も意外に治安が保たれていて無事に過ごしているようだ。やはり治安出動した自衛隊を警察官として使っているのが効果的なんだろう」「沖縄でも石垣島と宮古島、与那国島の陸上自衛隊と久米島の航空自衛隊には警察官させてるよ。でも沖縄本島では反対運動が激しくて駄目だ」「自衛隊が出動した地域の警察官を本島に引き上げようとしたら『沖縄に住む中国人を敵視するのか』ってマスコミと教員が騒ぎ始めて・・・」「要するに中国に侵略してもらいたいんだね」私の見解に両親が興奮気味に反応したので水をかけるようにオチをつけた。言われてみれば那覇空港は今回利用した成田空港や羽田空港、熊本空港に比べて配置されている警察官の人数が少なく、モノレールの駅もホームにまでは手が回っていなかった。それでも梢が言う程度の犯罪ですんでいるのは北京からの「アメリカに日米安全保障条約を発動する口実を与えるな」と言う指令が沖縄在住の中国人に徹底しているからだろう。
「与那国や石垣、宮古、久米の自衛隊の家族は本土に帰ったのよ。淳之介さんの会社の離島便も本土に送る段ボール箱を満載したんだって」「それは対馬の自衛隊の官舎で妻が集団レイプされる事件が起きたから予防措置として避難させたんだ」「レイプって・・・」私の説明にあかりは困惑したように閉じていた目を開き、白濁した瞳を見せた。視覚障害者用に点字翻訳した本には綺麗事だけを記しているため、あかりはラジオでは聴くことがあるレイプと言う単語が実感を持って理解できないようだ。しかし、あかりは職場の宴席で酔い潰された梢が意識のないままレイプされて、脅迫を受けて結婚した同僚の娘なのだ。
「女性が本人の意思に関係なく暴力的に性行為を強要される犯罪だよ。対馬では漁船で侵入した男たちが官舎に押し入って家族を送り出して家事に励んでいた妻を襲ったんだ」「どうして・・・性行為って愛情を確かめて生命がつながるためにするんでしょう。私、淳之介さんに抱かれると凄く気持ち好いし、とっても幸せよ」両親と祖父母が聞いていて赤面してしまうような告白をあかりは自然なことのように口にした。
「淳之介はあかりが恵祥を産むために首里に来ている時、AVが止められなくなったじゃない。男の人には愛情とは別に性行為を抑えられなくなる欲望、本能があるのよ」「ワシの場合はあったんだけどな」「馬鹿ッ」梢の母親としての解説を聞いていて私はかなり早目だった自分の更年期に身を詰まされてしまった。おまけに今回の来日では佳織に妻として遠回しに求められても応えられず、30年ぶりに再開した中村昌代准尉の「バイアグラがジェネレックになった」と言う世間話に過剰反応してしまった。茶化したような呟きも実は悲痛な叫びだった。
「貴方だって愛情を確かめて生命がつながるために私を抱いてたじゃない。勿論、凄く気持ち好かったけどね」「お前も最高だった。まさに至福の時だったよ」確かに梢との性行為は一体感に酔いしれて2人で一緒に極楽往生したような心地だった。それでもあかりの告白は素直な真情の吐露だったが、私と梢の回想はその後の遠回りを見てきた両親には聞かせるべきではなかったかも知れない。案の定、両親は複雑な顔を見合わせた。
「イッぺエ、マーサイビン(凄く美味しい)だな」「本当、美味しいわ」「果物みたい、オヤツになるさァ」夕食で山中区隊長の沢庵を食べて全員が感嘆の声を上げた。段ボール箱の中には漬け上がった大根状態の沢庵が4本も入っていて、台所で切っている母親と梢が「口に合わなかったらどうしよう」と心配している声が聞こえていた。実は温暖な沖縄には漬物を食べる習慣がないのだ。ところが薄切りにした沢庵を口にした家族一同はその上品な味と心地よい歯応えに感激して食卓には無言で「パリパリ」と沢庵を噛む音が響き渡り、漬物を食べたことがないはずのいりえまで曾祖母と祖母=梢が作った料理には見向きもせず、沢庵でご飯を口に運び続けていた。この調子では首里と八重山の安里家で分配されてオランダに持ち帰ることはできないかも知れない。それにしても山中区隊長夫婦はスーパーなどに卸す市販品を作っている並みのプロ以上の凄技だ。これなら東北式茶話会のお茶菓子代りにしても大人気だ。
- 2022/06/28(火) 15:07:13|
- 夜の連続小説9
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