安倍晋三政権が2018年12月25日に閣議決定して翌12月26日に通知してから半年が経過した2019年の明日6月30日に国際捕鯨委員会から脱退して翌7月1日から日本の領海と経済水域内での商業捕鯨を再開しました。
日本の捕鯨は江戸時代まで網の中に追い込み、勇者が暴れる鯨の背中に乗って銛で心臓を突いて殺す原始的な漁法でしたが、それでも享保年間から幕末までに21700頭を捕獲していて頭数の激減で近海での鯨漁は低迷していきました。そんな中、明治政府は日本の船舶の発達を見ながら遠洋での捕鯨を推奨しましたが当時は冷凍技術が不完全だったので折角の鯨肉は投棄して、世界の海で鯨の大量殺戮を繰り広げた欧米と同様に日本でも普及したランプ用の鯨油を目的にしていました。
ところが敗戦後にアメリカ式の肉食が普及しても豚や牛の増産は中々進まず、そんな中で国民に良質の動物性蛋白質を提供してくれたのは捕鯨船団が南氷洋から持ち返る鯨肉でした。こうして日本は最盛期には7つの捕鯨船団を南氷洋に送り込み、電灯の普及によって鯨油を必要としなくなった欧米の撤退も重なり、世界最大の捕鯨国になったのです。
その一方で欧米諸国は自分たちが必要としなくなった「鯨の保護」を主張するようになり、昭和23(1948)年11月10日に国際捕鯨員会=IWCを設立し、日本も独立後の昭和26(1951)年4月21日に加盟すると「人間並みの知能を持つ鯨(大脳の重量のみの比較、表面積は格段に少ない)を大量に殺戮する残酷な民族」として常に批判の対象=サンドバックにされたのです。実際、江戸時代の日本と同様の方法で捕鯨しているアラスカのイヌイットについては「民族文化の保護」を名目に黙認し、北大西洋の領海・経済水域内で捕鯨しているノルウェーについても無視しています。
さらに日本が厳格に自主規制しているにも関わらず昭和57(1982)年に商業捕鯨の停止決議を採択すると昭和61(1986)年には南氷洋での母船式捕鯨、昭和63(1988)年には太平洋でのミンククジラとマッコウクジラの商業捕鯨が停止されました。
これに対して日本は遠洋捕鯨の船団を有する唯一の国として鯨の生態を調査する目的の調査捕鯨は継続しましたが、オーストラリアは「調査目的で捕獲=殺害した鯨を食肉加工して国内で販売している」と2010年5月31日に国際司法裁判所に提訴して、2014年3月31日にはオーストラリア勝訴=日本敗訴の判決が出ました。しかし、オーストラリアは自国の対岸に当たる南極大陸の3分の1を領土、間の南氷洋を領海と主張していて日本の調査捕鯨は南氷洋を公海とする行為に他ならず、この提訴には国際連合の付属機関である国際司法裁判所に領土的野心を認知させる政治的策謀が絡んでいました。
この脱退について日本のマスコミは「第2次世界大戦前の国際連盟脱退と同じように国際社会での孤立化を招く」と過剰に危機感を煽りましたが、欧米では第2次世界大戦前には撤退していた捕鯨そのものへの関心が低く、さらに太平洋全域では鯨の急増によって餌になる魚類の減少が顕著でアジアや太平洋の漁業国では食料資源の枯渇が危惧されているため日本のマスコミは報じなくても安倍政権の決断は肯定的に評価されています。
- 2022/06/29(水) 14:56:06|
- 日記(暦)
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0