「これは本格的な艦砲射撃ですな・・・ウクライナを思い出す」説明に先立ち私が時間節約のため陸上自衛隊化学学校で渡された化学物質の詳細な分析結果の資料を見せると担当者の警視は事件後に第11管区海上保安本部との合同調査隊が撮影した現場の動画と回収した証拠品の画像を私の前に置いたパソコンに提示した。そこには大量の砲弾が炸裂して抉られた地表と千切れた手足や内臓が飛び出した胴体などの壮絶な映像に私はウクライナ東部地区で見たロシア軍とウクライナ軍の激しい砲撃戦の惨状を思い出した。私自身はカンボジアやコートジボワール、アフガニスタン、旧ユーゴスラビアなど多くの戦場の跡地を見てきたが、アフガニスタンと旧ユーゴスラビアは主に空襲、カンボジアとコートジボワールは銃撃戦だったので砲弾による徹底的な破壊はウクライナに重ねてしまった。
「中国海警の警備船は海軍の巡洋艦の塗装を変えただけの戦闘艦ですから艦砲射撃も本格的でした。おまけに魚釣島には岩山の他には遮蔽物がなくて機動隊員たちは地面に伏せる以外に身を守る術(すべ)がなく生きたまま肉体が四散したんです」提示している画像を喰い入るように見ている私に撮影場所と遺骸の身元を説明している警視は怒りを露わにしながら目を潤ませた。膝で千切れたこの左足は入署して5年目だった23歳の巡査のモノだそうだ。
「中国人の遺骸も破砕しているため有毒ガスの成分検査を実施できるだけの血液は採取できなかったのですが、この弾頭のおかげで先ほどの結果が確認できました」警視は何かの嫌がらせなのか一般人であれば間違いなく心的外傷症候群=PTSDを発症する残酷極まりない画像を見せてから事件の本質に関わる解説を始めた。
「この赤い布は落下傘の断片だね」「画像の隅に写っている岩の割れ目からはみ出しているのを発見しました。調査員も流石に興奮したようで現場写真を撮影する前に拾い出しています」後半の弁解は裁判での証拠確認でも交わされることがある。実際、手を触れる前の状態を確認できないことは証拠物件の信憑性を大きく低下させるのだ。
「もう一度、中に入れて発見時の状況を偽造・再現しなかったことを是としよう。この壮絶な現場を見ていて救われようがない気分になっている時にこの赤い布が目に入れば無意識に手に取ってしまうのは理解できる。この弾頭の外面に付着している砂粉や土は尖閣の岩質や土壌と一致するのかね」「はい、それは大丈夫です」次の弾頭の拡大画像を見た私の助け舟のような確認に警視は安堵したようにうなずいた。
「しかし、日本国の沖縄県警としては科学警察研究所に送って陸上自衛隊の化学学校に分析を委託するのが常識的な対応だったんだろうが、国際刑事裁判所的には在沖縄アメリカ軍に持ち込んでアメリカに分析させることで巻き込む選択肢もあったね。日本独自の分析では韓国が海外で喧伝している流れに抗ずることはできない。その点、アメリカの公的機関が証明すれば中国も反論できないはずだ」「なるほど・・・それが国際刑事裁判所の視点なんですね」現場検証の映像が終わって次の事件全体の時系列の記録のリムーバー・ディスクを準備している警視に声をかけるとあらためて感心したように返事をした。どうやら警察の体質として訴追理由の可否に関係なく日本の司法では皆無に等しい敗訴の屈辱を与えた弁護士に対する敵愾心を執念深く腹に溜めていたらしい。それでも現在は味方の検察官、しかも国際刑事裁判所で働いていることを実感したことで腹の一物が解消したようだ。
「問題なのは国境離島警備隊が戦時にも文民警察官と認定されるかだね」「我々は間違いなく沖縄県警に所属する警察官ですよ」今回の「尖閣諸島に中国の漁民が上陸した」との通報を海上保安庁から受け、離島国境警備隊が逮捕・連行するためにヘリコプターで出動したが抵抗されて催涙ガスを発射したところ弾頭に有毒ガスが装填されていて漁民が死亡したため、その報復に中国海警の砲撃を受けて国境離島警備隊も全滅した事件に私はヨーロッパにおける対テロ部隊にも感じていた戦争法上の疑問を再認識した。戦争法では識別章=階級章の明示、武器の公然携行、指揮官によって指揮される2名以上の集団、戦争法を順守した行動を戦闘員の認定要件としているが文民保護と治安維持に当たる警察官は除外されている。しかし、ヨーロッパの対テロ戦闘は治安維持の一線を越えているとしか思えず、沖縄県警国境離島警備隊の離島防衛は戦時になれば戦闘行動に他ならない。
「アメリカのSWATやヨーロッパの対テロ部隊は州兵、民兵とはやっていることに大差がなくても明確に区分しているが、韓国や中国が違法行為としてウチに提訴してくる可能性がないとは言い切れない。日本政府が治安出動している自衛隊を警察扱いしているのは正解だ」「それなんですよ。本当は沖縄本島でも自衛官を動員して警備を強化したいんですが、駐屯地で即応待機させているだけです」最後は現場としての愚痴になった。
- 2022/06/30(木) 13:55:39|
- 夜の連続小説9
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