fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ177

「北朝鮮のロケット実験はどうなったのかしら」KLMがヨーロッパ圏に入って機内放送がBBCのニュースになると梢が不安そうに訊いてきた。関西国際空港からアムステルダム空港までは17時間半かかる。日本とオランダの時差8時間を換算しても日付は変わっていて北朝鮮が通知してきた「数日中」の1日目は終わりつつあるのだ。
「宇宙ロケットの発射実験で『日本海に向けて』と言うのはあり得ないだろう。強いて言えば1段目が落下する危険性があると言う注意喚起なら理解できるが、日本政府が真意を測りかねるのは当然だな」私の答えにうなずいて梢は機内スクリーンに視線を移した。BBCのニュースも安全保障問題を解説しているがNATOの話題だった。
「北朝鮮北部から飛翔体が発射されました」私たちがオランダに帰り、入手した日本側の記録と鑑定資料をハリム・カサド・カマド・ハーン首席検察官に提出して、在宅勤務で休養していた中、日本では新たに重大かつ深刻な事態が発生した。
数日前の通知を受けて日本海に展開していたイージス護衛艦・こんおうのフェイズド・アレイ・レーダーが平壌の西側から発射された飛翔体を捕捉したのだ。ただし、今回は宇宙ロケットの発射実験と事前通知している上、落下海域も日本海と指定しているため自衛隊法第82条3項に基づく弾道弾等に対する破壊措置命令を下達できなかった。石田政権=浜防衛大臣としては当然、破壊措置命令を発令するつもりだったが、国会では立権民衆党を始めとする野党が治安の鎮静化を受けて長期化している治安出動命令の終結を要求しているため慎重にならざるを得なかった。したがってイージス護衛艦・こんおうもミサイル発射態勢は維持しながら明らかに弾道ミサイルよりも高速度で上昇する航跡を黙って追尾するしかない。
「目標のコースがずれています。これでは日本本土に向かいます」「本艦のミサイルは間に合いません」数秒後、こんとうのCIC(戦闘指揮所)では悲鳴のような声が上がった。レーダーが追尾しているロケットの航跡は宇宙空間に向かって上昇するのを止めると落下以上の高速度で高度を下げ始めた。さの先には本州の中央部、北陸から関西、東海地方がある。
「空自の高射群が北陸に展開しているだろう。中警団(中部航空警戒管制団)に通報して発射させろ」「PAC3では無理です」指揮所長の砲雷長は防衛出動待機命令の発令を受けて航空自衛隊の第4高射群が若狭湾岸の原発銀座を守るため北陸各地の基地と駐屯地に展開したことを思い出して指示したが、本来は陸軍の移動式地対空ミサイルに過ぎないPAC3では初速、威力、射程距離、到達高度の全てにおいて能力不足で使い物にならないことはイージス護衛艦の乗員の間では常識だった。実際、航空自衛隊でも経ヶ岬のJ/BMD3=通称ガメラ・レーダー(弾道ミサイル防衛用レーダー)が航跡を捕捉して、車力のアメリカ軍のTPY2=通称Xバンド・レーダーからも情報を受けていたが高射部隊に発射命令を発令しなかった。
「弾道到達まで5秒、4、3、2、1、着弾。着弾地点は敦賀湾付近の模様」レーダー要員の海曹はレーダー・スコープを注視しながら状況を淡々と声にした。それを指揮所長が艦橋に伝え、他の指揮所要員もCICの画像スクリーンで情報を共有していた。
「敦賀湾付近に大量の放射線が放出されました。画像が識別できません」数分後、CICのレーダー画像の一部が白っぽい緑色で消し去られ、赤い警告信号が表示されて点滅を始めた。これは演習では見ることがある核爆発の発生を示している。
「舞鶴の艦艇の音声をモニターしろ」「アイ・アイ・サー、舞鶴沖の護衛艦の交信に接続します」指揮所長からの緊急連絡を受けて艦橋では迅速に対応を始めた。先ず通信長に舞鶴基地に所属する護衛艦の交信を傍受させての情報収集からだ。
「CIC、北朝鮮からの攻撃が予想される。戦闘態勢を維持して警戒を厳にせよ」「アイ・アイ・サー、航空攻撃に備えます」艦橋中央の猿の腰掛=艦長席で矢継ぎ早に指示した艦長は1つ息を飲むと通信長の報告を待った。
「舞鶴総監部と地方隊所属の護衛艦・すずかぜの交信をキャッチしました。総監部はすずかぜに対して沖からの状況確認を指示しています・・・敦賀湾岸の原子力発電所のどれかがロケットの直撃を受けて原子炉まで破壊され、放射能が大量に流出した・・・したがって放射能汚染には細心の注意を払え・・・上陸しての住民の救助は許可しない・・・」スピーカーから流れる通信長のモニター報告を聞いていると今回の原子炉の破壊が東北地区太平洋沖地震の巨大津波による福島第1原子力発電所の比ではないことが即座に理解できた。
「ロケットは空中分解して3カ所以上の原子力発電所に命中した・・・現在は北西の風が強く放射能は急速に滋賀県方向に拡大している」「これは核攻撃じゃあないのか・・・」傍らに立つ副長の独り言の呟きに艦長は内心では同意しながらも小さく首を振った。
  1. 2022/07/06(水) 14:27:37|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<平成以上に○○(零輪=れいわ)の天皇は神々に見限られているようだ。 | ホーム | 7月6日・珍事!パトルイユ・スイスが展示飛行の場所を間違えた。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7760-fa39b98a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)