「破壊された原子炉を黙らせるにはどうすればいいんだ」若狭湾で発生した重大事態は中部方面隊、陸上自衛隊、防衛省の枠を超え、日本国として全力で対応しなければなくなっている。福島第1原子力発電所の事故では航空自衛隊の化学消防車を搔き集めて原子炉に放水し、陸上自衛隊のヘリコプターが上空から水を散布して冷却したが、今回は炉心が剥き出しになって、中に充填してある核燃料が噴出して周辺の放射能濃度は人間に限らず生物が生存する可能性を完全に否定する数値を示していた。
「本来は原子炉への核燃料の注入を停止して放水等で冷却した上で破壊された部分を鉛を混ぜたコンクリートで覆うのが基本ですがコントロール・ルームに連絡がつかないので・・・」「フクシマ・フィフティは全滅したのか」「つまり今回は処置なしと言うことだな」内閣府に召集された東京電力の専門家は1986年のチェルノブイリの事故でソ連が実施した対応を説明した。福島第1原子力発電所の事故では東京電力の現場担当者が決死の対応を繰り返して最悪の事態を喰い止めたことは「フクシマ・フィフティ」と言う小説や映画になっているが、被害に遭った各原子力発電所の指令室とは連絡がつかない。若狭湾の原発銀座は関西電力が建設して管理運営しているが現段階では窓口として東京支店の営業担当者が出席している。福島第1原子力発電所の事故で東京電力は連日専門家が首相官邸に呼びつけられて杖野官房長官に記者会見用の講義を強要されたので事故の解説には熟練してしまった。石田政権としては東京電力の対応を妨害することになった缶政権の失態を踏まえてこの態勢になった。
「自衛隊としてはどのように処理するつもりなんだ」東京電力の専門家があえて感情を交えず深刻な事態を説明し、質問を冷たく否定すると閣僚の1人が市ヶ谷地区の中央指揮所からオンラインで参加している浜防衛大臣に預ける下駄を投げつけた。
「自衛隊の装備では隊員をこれほどの濃度の放射能の中で行動させることはできません」現状では航空自衛隊の航空機でも低空では距離が短くなるため汚染地域の在空時間を考慮しなければならない。海上自衛隊の艦艇は核攻撃に対応する構造になっていて隊員も訓練を重ねているが、地上で行動する陸上自衛隊は社会党の妨害の直撃を受けている。
「現段階では福井県、滋賀県、京都府からの災害派遣要請を受けた中部方面隊が主体になってヘリコプターでの生存者の搬送を開始したところです。同時に隷下の化学防護隊と衛生隊、普通科連隊の装甲車を滋賀県の今津駐屯地に集結させて生存者の捜索を開始する予定ですが、放射能が山を越えて滋賀県にまで広まると根拠地を今津駐屯地から大津駐屯地まで後退させることになります」浜防衛大臣の説明に岸田首相と立野官房長官、東京電力の専門家はうなずいたが一部の閣僚は苛立った顔で「それでは手遅れになる」「自衛隊にはフクシマ・フィフティのような勇気がないのか」と小声で罵った。しかし、その誹謗は自衛隊ではなく核攻撃に備えることを核戦争の可能性を認めていると意図的に曲解して政治利用した社会党に向けるべきだ。すると浜防衛大臣はその小声の揶揄が聞こえたかのように話を続けた。
「実は在日米軍に核戦争対応地上部隊の派遣を要請していまして、明日には小松基地に到着する予定です。先ず現状確認からなので何ができるかは現段階では不明です」「アメリカ政府もこれは日米安保条約の発動とは別の重大核事故に対応するための専門家の派遣だと表明したようです」ここで双木外務大臣が補足した。浜防衛大臣と双木外務大臣は同じ山口県選出でも政治信条が異なるため石田政権の閣僚として席を並べていても互いに距離を置いていた、それが国家緊急事態に直面してからは無意識に連携を図るようになり、それが現在の事態の鎮静化をもたらしているのは間違いない。
「総理、韓国政府の公式発表が放送されます」その時、閣議室のドアを開けて顔を出した秘書官が声をかけた。同時に閣議室の画面に記者会見している韓国の国防部長官が映った。
「昨日、北韓(北朝鮮)が発射実験した宇宙ロケットが誘導装置の不調で予定のコースを外れ、空中分解して日本の原子力発電所3基に直撃する事故が発生しました」この見解は事故後、北朝鮮が公式発表した弁解を踏襲している。
「その結果、3基の原子力発電所が甚大な被害を受け、大量の放射能が流出しています」「これは国民向けの事態の説明ではないのか」あまりにも内容がない発表に閣僚たちは勝手な推理を口にし始めた。確かにこれでは北朝鮮の弁解を韓国政府が追認した形だ。
「しかし、日軍(自衛隊)には核爆発に対処する能力がありません。そこで政府は韓国軍の核対処部隊を日本に派遣することを決定しました。これは韓国領内に放射能が波及することを防止するための自衛処置であり、決定権は我が方が有します」完全に想定外の韓国軍の進駐作戦に双木外務大臣はオンライン画像の浜防衛大臣の顔を黙って注視していた。
- 2022/07/10(日) 14:45:38|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0