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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

日本人は「徳」なき国民に成り下がったようだ。

当地では安倍晋三元首相が亡くなって1週間が経過しても巨大な喪失感は晴れず、住民は降り続く雨を見上げながら「涙雨も尽きないな」と呟いています。
そんな安倍元首相の凶事を伝えるテレビのニュースでは志位和夫共産党委員長が街頭演説中に「安倍さんとは政治的立場は違っても同じ年齢、当選も同期なのでとても寂しい」と追悼の辞を述べた場面が紹介され、国際テロリスト・日本赤軍の重信房子最高幹部が主導した海外での凶悪テロを検察が証拠を入手できないことを利用して不当に軽い量刑を奪い取った顧問弁護士の福島瑞穂社民党党首がテロだけを批判したのとは対象的で野僧も感銘を受けました。そこで友人の共産党の市会議員に「投票結果は敗北でもインタービューで安倍さんへの追悼の辞を述べれば下関市民の見方が変わるはずだ」と助言すると「志位委員長は党中央で安倍を肯定する発言をしたと批判を受けている」と回答しました。実際、翌日のニュースからは志位委員長の発言の追悼的な部分は削除され、福島党首と同様にテロを批判する部分だけを流すようになりました。つまりテレビ各局は共産党から要望を受けて志位委員長の人間味を消すように印象操作したようです。その後も報道番組では多くの言論人が出演しながらも口にするのはテロに対する批判だけで、犯行動機が「元統一教会に対する怨み」と判明した時点で過去のカルト報道の焼き直しになりました。
新聞でも多くの言論人(大半は大学教授)が寄稿していましたが業績の評価と追悼的内容は極少数で、大半はテロへの批判と安倍首相の政治実績の功罪の客観的検証の提言でした。
それは岸田政権が国葬にすることを決定したことで更に強まり「国民に追悼することを強要する」と敗戦後の吉田茂首相(高知)を置き忘れて明治初期の元勲・伊藤博文首相(山口)、山県有朋首相(山口)、松方正義首相(鹿児島)の時のような認識を示して批判しています(大隈重信首相=佐賀と佐藤栄作首相=山口の2人は国民葬です)。
しかし、敗戦するために就任した鈴木貫太郎首相は就任直後に宿敵であるアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が死亡すると短波ラジオで「今日、アメリカが優勢な戦いを展開しているのは亡き大統領の優れた指導があったからです。私は深い哀悼の意をアメリカ国民の悲しみに送るものであります。しかし、ルーズベルト氏の死によってアメリカの日本への戦争継続の努力が変るとは考えておりません。我々もまた貴方たちの覇権主義に対して今まで以上に強く戦います」と言う談話を発信し、多くのアメリカ人に感銘を与え、亡命していたユダヤ人作家・トーマス・マンは「ドイツ国民の皆さん、東洋の国・日本にはなお騎士道精神、人間の死に対する深い敬意と品位が確固として存する。鈴木首相の高らかな言葉の精神に比べて貴方たちドイツ人は恥しくないのですか」と大統領を口汚く罵ったヒトラーを批判しています。
鈴木首相は江戸時代生まれの最後の総理大臣であり、日清・日露戦争を経験した歴戦の勇士であり、2・26事件では反乱部隊に銃弾を浴びせられて死線を跨いだ人物だけに日本人としての古典的美意識を体得していたのでしょう。それ以上に平成の30年間で劣化・腐敗した大和民族の現状が如実に表れているようで情けない限りです。
  1. 2022/07/21(木) 15:13:10|
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