「しかし、核兵器禁止条約に加盟していないアメリカが違反行為を懲罰するのには無理があるだろう」岡倉は友人の中佐が個人的に開示したホワイトハウスが非公式に検討している北朝鮮に対する軍事懲罰の話の続きを引き出すため挑発してみた。国際法で核兵器の保有を認められているのは東西冷戦における西側のアメリカにイギリスとフランス、東側はソロシア=旧ソ連と中国の安全保障理事会の常任理事国だけで、これを人類に対する重大な罪を犯した国家を消滅させる究極の懲罰権を行使する実力として容認されてきたが、2017年に署名し、2021年1月22日に発効した核兵器禁止条約では一律に核兵器の保有を断罪しているためアメリカ以下の核保有国は全て加盟しない。
「結局、NPT(核兵器拡散防止条約)には経済制裁以上の懲罰規定がないから違反しても国民の生活を困窮させるだけなんだ」「それは核兵器禁止条約も似たようなものだ。所詮は選挙で国民が政権を選択できる先進国が作った条約であって選挙制度がない独裁国家の国民は耐えるしかない。北朝鮮の国王が美食三昧で超肥満体になっているのは経済制裁を科している西側への皮肉なんだろうな」岡倉の挑発に中佐は核兵器に関する国際条約として1968年7月1日に署名し、1970年3月25日に発効したNPTの欠陥の指摘を返事にした。日本では広島出身の石田首相がNPTに基づく国際機関の監視機能の強化などの具体的な改善策を推進していることは無視して核兵器禁止条約に加入しないことばかりを批判しているが、今回のアメリカの通常爆弾による核施設の空襲と言う懲罰にはどのような評価を下すのだろうか。
「第1次世界大戦後の不戦条約も第2次世界大戦を阻止できなかったのは同様の欠陥が露呈したからだろう。ヨーロッパ人って連中は佛教徒のような因果応報の発想を持たないから失敗の原因を究明する能力が欠落しているんだな。おまけにマックアーサー司令部は日本国憲法9条で日本に不戦条約を強制しやがった」「北朝鮮の王家は佛教徒じゃあないのか」岡倉のヨーロッパ人とマックアーサー元帥への批判に中佐は皮肉を返したが、本人も間違っていることが判っている戯言に過ぎなかった。北朝鮮で信仰されているのはマルクス主義であって崇拝されているのは歴代と現在の国王なのだ。
日本が明治以降、国際社会に踏み出して直面したのが一神教のキリスト教による善悪の二者択一しかない決定方法と現実を無視した教条主義だった。日本が佛教国として原因を究明して是々非々の態度を表明するとキリスト教国は相手の事情は無視して国際法を盾に存在までも否定する批判を繰り広げた。それは21世紀になっても再発・過激化していて中世の魔女狩りのように反対派だけでなく疑問を呈する者さえ国際社会の敵として存在を否定されている。ヨーロッパでは同性愛が反キリスト教の市民団体に利用されると人権問題として国際社会に強要されることになった。環境問題でも地球温暖化の原因が自由主義経済の過剰生産で排出される温室効果ガスと極めつけると疑問を述べた研究者は学界から抹殺された。ここに岡倉の同期で今は国際刑事裁判所の次席検察官になっているモリヤ坊主がいれば国際法の専門家と佛教僧として国際社会の構造上の欠陥を徹底的に糾弾してくれるかも知れないが、定年退役後は猛々しさは影をひそめて妙に大人しくなったと噂で聞いたことがある。やはり坊主が本業になると挨拶は挙手の敬礼から合掌になって、「有り難いこっちゃ」が口癖になるものらしい。
「それで作戦はどんな流れになるんだ」「おそらくBー2が3機編隊で西海岸の基地からグアムに移動して最終調整、ここで通常爆弾を搭載する。そこから日本に向かって日本海上空で態勢を整える。そうして2機が原発に向かって北朝鮮や韓国の注意を引きつけておいて予備機の1機が半島北部の核施設を空襲する。護衛はJASDF(航空自衛隊)に頼むんじゃあないかな。あくまでも私個人の勝手な作戦計画だぞ」中佐の見解に岡倉も考え込んでしまったが、本職は陸上自衛官なのでこれ以上の案は浮かばなかった。
加倍政権当時、航空自衛隊はグアムを発進したBー52が沖縄から北海道までADIZ(防空識別圏)に沿って北上するのに那覇・築城・小松・千歳などの戦闘機を発進させて護衛する演習を実施したことがある。しかし、今回は日本海上の待機空域の防御であって実施要領が異なる。日本としては太平洋上で待機して北進しながら爆弾を投下してもらいたいところだが、若狭湾は高くはないが険しい山脈が迫っているのでBー2が通過しながら誘導用のレーザー・ビームを照射するのに支障がある。気になるのは日本海上で待機する爆弾を搭載したBー2が進路を変えて北朝鮮に向かう行動だが、Bー2は最初期のステルス機であり、北朝鮮のレーダー探知能力では捕捉できないにしても多くの迎撃機を飛行させていれば護衛の航空自衛隊機と遭遇して空中戦になる可能性は否定できない。韓国情勢も担当していた岡倉は「現在の北朝鮮空軍の主力戦闘機は何か」が咄嗟には思い出せなかった。家で知愛に確認しよう。
- 2022/08/02(火) 14:46:41|
- 夜の連続小説9
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