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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ210

「ベスト(防弾チョッキ)はナップ(ナップサック)に入れて背負っちゃあいけませんか。少なくとも背中の防御にはなるでしょう」翌日、安川2尉以下4名の山岳レンジャーは機材の点検と作動させたクレイムアの交換のために鈴鹿スカイライン沿いの高圧電線の鉄塔に向かった。ランドクルーザーが1番の鉄塔に近づくと後席から1曹が助手席の安川2尉に声をかけてきた。昨夕、四日市市内の公民館に設けられた宿営地に到着してから山岳レンジャー4名は第10師団司令部から指導されたように防弾チョッキと防護衣を着て2階建ての屋上からザイルによる昇降を試みていたが予想以上に動きが制約されることを実感していた。
「俺も万が一の銃撃や放射線よりも高所作業の安全を優先するべきだと思っている。ただし、鈴鹿スカイラインは想像以上に交通量が多い。路肩にランクルを駐車していれば我々が作業していることは一目瞭然だ」「自分が応戦しますから大丈夫です」安川2尉の危惧にランドクルーザーで留守番をする運転手の3曹が前を見たまま反論した。
「前回は例の中国製の拳銃だったが狩猟用のライフルを使われると俺たちの短機関銃では対応できない」「そこまでやりますか」「戦争だからな」安川2尉の説明に運転手が疑問を口にすると1曹が一言で制した。この1曹は無線のアンテナを補修するため鉄塔の最上部に登る係なのでライフルで狙撃を受ければ格好の標的になる。その最も危険な立場にある当事者が覚悟を示せば留守番は黙らざるを得ない。勿論、留守番とは言え車内に残しているクレイムアの管理と言う重責を担っている以上、強奪を阻止するために身命を賭す覚悟に変わりはない。
「スカイラインを閉鎖することはできないんですか」「名神が当てにならないから滋賀県への交通路として昼間は維持せざるを得ないらしい」話が途切れたところで2曹が訊いてきた。確かに今も前後は大型トラックに挟まれ、対向車も途切れないのでかなりの交通量だ。宿営地の公民館で見たテレビのニュースでは今回の事件を受けて滋賀県と三重県がスカイラインの入り口で陸上自衛隊に通行車両の車内と荷台を点検させると表明したが、現在でも日常的に渋滞が発生しているため大手流通販売各社は商品の入荷が滞ると難色を示し、主婦を中心とする市民団体も反対運動を始めているようだ。三重県は近畿地方に属していても滋賀県から和歌山県まで連なる県境は山脈によって遮断されているため、古くから伊勢の産物は船に積んで海路で紀伊半島を迂回して商都・大坂に運ばれていた。現在はトラック輸送が主流なので治安維持の目的でこれを遮断することはマスコミと市民団体が許さない。平成に入って以降、大規模災害による避難生活でもマスコミは被災者に苦情を取材し、バブルの狂乱景気の中で自己中心に育った世代は公然と快適性を要求するようになっている。安川2尉もそれは東北地区太平洋沖地震と熊本地震の災害派遣で見比べてきた。
「これが17番だな」「はい、山側に寄せて駐車しますから指揮官は先に下車して下さい」山岳レンジャー4名が鈴鹿スカイライン沿いの高圧電線の鉄塔を点検しながら前進していくとやがて道路のすぐ脇に立つ鉄塔の順番になった。今までは道路から急な斜面を下り、浮き石が多く足場が悪い獣道をたどってフェンスに往復してきたが、今回は斜面を下れば目の前だ。道路上からも木々の合間からフェンスと四角いコンクリートの固まりの鉄塔の根元が見える。
「やっぱりベストは着ていくしかないですね」安川2尉と2曹を先に下したランドクルーザーが駐車すると運転手は停止表示板を設置しに路側帯を歩いていった。1曹と2曹が後部座席のドアを開けると畳んで置いてある防弾チョッキを手に取った1曹が声をかけてきた。ナップサックに設置する機材と防弾チョッキを詰め込めば荷重がかかるおそれがあり、安全管理上問題がある。監視カメラと無線アンテナは精密機械だ。
「うん、現場で脱げば済む話だ」「ここではクレイムアの設置工具も持っていきます」今度は安川2尉の返事を遮るように2曹が声をかけてきた。17番ではクレイムアを作動させているので設置場所を移動させなければならない。後部荷台には出発前に第33普通科連隊から受領した段ボール箱が4個載っている。中身は交換用のクレイムアと監視カメラ、無線アンテナだがここまで異常がなかったので1つも使っていなかった。
「クレイムアは新たに設置する。監視カメラは作動後に解像度が低下したと報告を受けているから爆風や衝撃で固定に不具合が生じたのかも知れない。アンテナは本体よりもケーブルが破損している可能性がある。点検を念入りに頼む」安川2尉の説明に防弾チョッキを着終えた1曹と2曹は「はい、レンジャー」と気合を入れて返事をした。
「それじゃあ行ってくる」「気をつけて。監視は任せて下さい」3人が車両の切れ目を見つけて道路を横断するとランドクルーザーの後方で防弾チョッキを着て短機関銃を構えた3曹が姿勢を変えることなく挙手の敬礼をした。
  1. 2022/08/08(月) 15:21:24|
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