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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ215

「岡野涼賀・・・今は3曹をつけさせてもらおう」3曹が事情聴取を受けている別室は安川2尉の部屋よりも重苦しい空気に包まれていた。同じ引き出しがない事務机越しに対面しているベテラン警察官の目は異様に鋭い光を放ち、腹の底まで探る内視鏡のようだ。
「岡野3曹が逃走する車両を銃撃したのは何故かね。急加速している車両の窓ガラスに見事に命中させていた」警察としては在日半島人と判明した運転手を殺人未遂の共同正犯で刑事告発する一方で死亡した人間の背後にある組織に刑事告発される前に3曹も立件したいようだ。
「何も考えていませんでした。鉄塔の上の田中1曹に発砲しているのを阻止しようとしても次々に車両が通過するから何もできなかった。それで車が来なくなったら逃げ出した。だから射って止めようとした。それだけです」「それならタイヤを射つべきだろう。ガラスを射てば中に人間がいることは考えなかったのかね」警察官の質問は追及になってきた。
「車道を確認しながらの射撃だったので考ませんでした」「そうかね・・・」警察官は一瞬「精密に狙わなければあの状況で弾丸を集中させることは困難だ」と考えたが、相手が射撃のプロの自衛官であることを思い出して納得することにした。「殺意の有無」は罪状を殺人罪と傷害致死、過失致死などに分ける重要事項だが、マスコミに迎合して任務を遂行している自衛官の正当行為を犯罪とすることに違和感以上の自己嫌悪を感じているのかも知れない。
「それで殺害した人間に対する罪の意識は持っているのかね」警察官もあくまで被害者とは表現しない。運転手が殺人未遂の共同正犯なら死亡した同乗者は被疑者死亡の実行犯だ。それでも根っからの凶悪犯でない限り、人命を奪った人間は良心の呵責を示すものだが、机の向こうで警察官を注視している3曹は平然と言い放った。
「あの高所で銃撃を受ければ通常の隊員、並みのレンジャーでも転落して確実に死ぬでしょう。あれは山岳レンジャー教官の田中1曹だったから殺人にならなかっただけです。そのような殺人者を逃がせば同じ犯罪を繰り返していつか自衛官が犠牲になります。ただし、これは後で考えたことで射っている間は何も考えていませんでした」この3曹の供述を地方検察庁に送って刑事犯罪として立件するには検察官に「戦争のプロ」に徹している自衛官の特殊性を理解させなければならない。鍛え抜かれた自衛官は警察官のように頭で考えて武器を使用するのではなく射つべき状況に直面すれば反射的に構え、狙い、発射するもののようだ。自衛官が射って殺すのは人間ではなくあくまでも敵なのだ。
「今日、三重県の鈴鹿山系で再び自衛隊による市民殺害事件が発生しました」全国区の夕方のニュースで今回の事件が一斉に報じられた。この冒頭の一句は新聞の見出しに当たり、視聴者の印象を決定づける。前を向いたままカメラの横のスクリーンに投影されている台本を読み上げているアナウンサーの隣りに座っている女性アナウンサーの表情が印象を補強する。
「5日前、鈴鹿山系の中部電力の高圧電線に立ち入ろうとした大阪在住の男性3人を監視カメラで発見した陸上自衛隊第33普通科連隊の3等陸曹、24歳が設置してあった指向式散弾地雷で負傷させて、拘束するために現地に向かった三重県警四日市署の警察官と同じく第33普通科連隊の隊員と射ち合いになって負傷者3人が殺害された事件がありましたが、今回は同じ高圧電線の鉄塔に再び指向式散弾地雷を設置する作業をしていた隊員を鈴鹿スカイラインから見かけた大阪在住の男性が脅かそうと言う悪戯心で友人から入手した中国製の小型拳銃で発砲したところ警備に当たっていた隊員に機関銃で銃撃されて後席に乗っていた男性が死亡したと言うものです」アナウンサーが読み上げた解説は安川2尉が要求したとおり事実を伝えているが冒頭に与えた印象を損なうことなくむしろ自衛官による一般市民の殺害を危険視するように演出している。しかも大阪在住の男性とだけ紹介した人間の破壊活動と今回発砲を受けた隊員が転落すれば確実に死亡する高所作業中であったことは巧みに隠蔽し、逆に指向式散弾地雷を作動させた隊員の身元は不必要に詳細に紹介していた。
「こちらは四日市署に連行されてきた事件を起こした自衛官ですが、取材を拒否したため車を下りたところしか紹介できません」画面にはパトロールカーの助手席のドアを開けて立ち上がった安川2尉の迷彩服を着た上半身の画像が提示された。テレビ局側の論理では安川2尉が口頭で取材を拒否するまでの映像は使用可能と言うことらしい。おまけに自衛隊側が取材を拒否したことを強調して知られたくない事実の存在を疑わせている。
「それにしても悪戯心で射殺された犠牲者には同情するしかありません。治安出動が長くなって自衛隊の武器使用に対する慎重さが薄れてきているように感じるのは私だけではないでしょう」「街で武器を持っている自衛官を見ておそろしいと感じる方も少なくないはずです・・・」ニュースの後の解説者と女性アナウンサーの会話で印象操作は完了した。
  1. 2022/08/13(土) 14:55:07|
  2. 夜の連続小説9
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