「×月8日に三重県菰野町の鈴鹿スカイライン沿線の中部電力の高圧電線の鉄塔付近で発生しました破壊活動並びに13日に同じ鉄塔で発生した高所作業中の隊員の殺人未遂事件に関する第10師団幕僚長による臨時記者会見を実施します。なお、事件に関する質問に答えるため三重県警から副本部長にも同席いただいております」テレビのニュースと翌朝の新聞報道を確認して第10師団は守山駐屯地で臨時記者会見を実施した。第10師団司令部としては前回の事件のマスコミの実態から大きく乖離した歪曲報道を問題視していたのだが、何事も荒立てることを嫌う愛知県的な常識で躊躇していたのだ。しかし、今回は全国ニュースを見た陸上幕僚長から電話で指弾された師団長が荒立てるどころか底から引っ繰り返す覚悟で実施を決めた。それでも召集された記者たちも大半は愛知県人なので第10師団が記者会見を開く目的を言い訳以外に考えていなかった。
「先ず現時点で判明している事件の概要をあらためて副本部長に説明してもらいます」司会進行は第10師団司令部1部の総務課長だが、前回の事件から自衛隊側の窓口として合同記者会見の実施を検討してきただけに事前調整は十分だ。
「×月8日の事案については発生直後に四日市市警が記者説明を実施していますが、在名古屋の民放各局は主要な部分を報道せずに誤った印象を与えていました。警察当局としてはこの場を借りて強く抗議します」共演者である三重県警の副本部長に口火を切らせたのはマスコミの印象操作を封じるための戦術だったようだ。副本部長の抗議であれば自衛隊に対する印象操作ではなく不適切な報道内容の指摘になり、マスコミも黙って聞くしかない。
「ご存知のように関西電力は若狭湾の美浜、大飯、高浜の原子力発電所3基が北朝鮮の弾道ミサイルによって破壊されたため電力量が大幅に低下しています。これを受けて隣接する中部、中国の両電力会社が不足分を供給しています。そのため四日市市内の火力発電所から関西電力に接続している高圧電線の重要性が増大していることは理解できるでしょう」知識としては判り切っている説明に記者たちは小さく舌打ちをしてうなずいた。
「ところが8日の深夜1時10分に中部電力の監視員が高圧電線の鉄塔のフェンスに接触する不審者3名を発見しました。そこで一緒に勤務している陸上自衛隊員に確認させて警告を与えたのですが、爆発物の疑いが高い円筒状の物体をフェンス内に投入して竹竿で鉄塔の脚部に押し込もうとしました」これは四日市市警の記者説明で伝達している内容だがニュースの前に編集部が不採用にしたため参集している名古屋市内担当の記者たちは知らなかった。
「そこで陸上自衛隊員が規定通りに指向式散弾地雷を作動させましたが、不審者は市販品と思われる軍用ヘルメットと防弾チョッキを着用していたため露出していた脚を負傷してその場に倒れました」「監視所で勤務していた隊員は作動前に監視カメラの映像で軍用ヘルメットと防弾チョッキを装着していることを確認しています」ここで幕僚長が補足説明した。指向式散弾地雷を作動させた第33普通科連隊の3曹は翌日に師団司令部に呼ばれて事情聴取を受けているのでこの補足説明は本人の証言通りだ。
「そこで救護と拘束のため四日市署から1名、自衛隊から3名で現地に向かうと発砲してきたので銃撃戦になり、3名は死亡しました」「被害者はどこで拳銃を入手したのですか」「被害者ではありません。死亡した被疑者です」副本部長が語気を強めて否定すると記者は黙った。それでも副本部長は不審者たちが大阪在住の半島人男性で、拳銃は日本国内に大量に持ち込まれている中国製の92式手槍であること説明した。
「13日に発生した事案は8日と同じ鉄塔の上部約40メートルの位置に設置してある通信アンテナの点検を実施していた隊員に鈴鹿スカイラインの四日市方面の車線路側帯から拳銃を発射して逃走したため路上で警備していた隊員が阻止しようとすると発砲したものです。隊員が作業していた40メートルの高さから落下すれば確実に死亡しますから殺意があったことは明らかです」この説明も安川2尉が取材拒否した後、四日市警が記者発表で伝達しているが名古屋の地方局の編集部が採用しなかったので記者たちは知らなかった。東京の本局が制作する全国ニュースは放送法が厳格に適用されるため表面上は政治的中立を心がけているが地方局は野放しに近く、記者が取材してきた情報を前時代的ジャーナリスト気取りの古手編集部員が手を加えて東京に送るので事実とは異なった意味になることが多い。しかも東京の本局には地方局が送ってくる内容を事実確認する手立てがない。
「昨日から今朝のニュースと新聞では『悪戯で発砲した』と報道している社が目立ちましたが、早急に訂正することを要求します。自衛隊としては法的手段に訴える用意があります」発言を代わった幕僚長はいきなり脅しをかけた。防衛大学校出身の幕僚長の1佐は九州人なのだ。
- 2022/08/14(日) 15:33:12|
- 夜の連続小説9
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