「予定外に手間取ったな」「ワシントンも真剣に怒っていますよ」アメリカでは北朝鮮の弾道ミサイルに破壊されて放射能を流出させ続けている若狭湾の原子力発電所3基の原子炉と鉛入りコンクリートで密封する投下弾の実用試験が完了した。ワシントンは現用のレーザー誘導式爆弾・ヘイプウェイ(改良を繰り返して型番が多様化している)の炸薬をコンクリートに詰め換えれば済む程度の認識で開発を命じたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「兎に角、バランスに苦労させられたな」「誘導装置自体が爆弾としての構造を前提に開発されていますから指令通りに舵を切っても期待する落下方向に変更するとは限らない」若い技術者の復習的相槌にベテランの技術者は苦笑してうなずいた。当初はヘイプウェイの中身を撤去して可能な限りのコンクリートを詰め込んで投下してみたのだが、爆弾の尾翼は上空から照射しているレーザー・ビームを探しながら方向を変え、目標に向かって落下するはずなのに全く外れてしまった。その弾道を撮影した映像を分析した結果、尾翼は正常に方向舵を動かしていたが爆弾は計算通りの反応をせず、そのため方向舵はイジラシイほど必死に修正していたがそれも無駄になっていた。その対策として方向舵の機能強化と弾頭内の構造を通常のヘイプウェイに近づける2案が提案され、コンクリートの量を維持するため前者が採用された。
「それで命中するようになったら今度はコンクリートの注入だ」「あれは難問でしたね。弾頭が破損すればそれで中に噴出するほどの自重はなく、押し出す装置を着ければ重量のバランスが狂う。困り果てました」試作と実験を担当している製造メーカーからこの問題を突き返された時には軍の研究所の技術者たちも想定外の欠陥の解決に連日の徹夜を強いられた。
「総理、アメリカ軍の原子炉を封鎖するコンクリート爆弾が完成したそうです」ホワイトハウスがコンクリート爆弾完成の報告を受けて1時間後には首相官邸に連絡が入った。ただし、時差の関係で石田首相と立野官房長官は帰宅していて当直補佐官からの電話連絡だった。
「それで作戦は何時実施すると言ってきた」「現時点では最終試験に成功した段階なので製造待ちです」「それにはどのくらいかかるんだ」実は就寝直後だった石田首相は期待外れの説明に不愉快そうに答えた。立野官房長官としてはコンクリート爆弾が完成すれば日本政府が作戦の実施を要請し、自衛隊に全面協力させることで日米協同作戦の形を整えるための予告のつもりで電話したのだが、石田首相にとっては防衛行動としての認識は弱いらしい。
「アメリカ軍は横田と嘉手納をBー2爆撃機の緊急時の予備基地にしたいと言っています」「どうしてBー2なんだ。私は三沢のFー16にしろと言ったはずだ」「それは搭載できる爆弾が制約を受けるためアメリカ軍側が拒否したと申し上げたはずです」立野官房長官は今夜の石田首相が経済界の要人との会合に出席していたことを思い出した。つまり酔って心地好く眠りについたところを起こされたのでまだ頭の回転が復調していないようだ。
「横田や嘉手納に戦略爆撃機が着陸すれば中国が過剰反応する危険性がある。折角、中国が北朝鮮の弾道ミサイルの発射で大人しくなっているのにここでこちらが挑発するのは拙いだろう」石田首相はロシアのウクライナ侵攻を機にそれまでの国内事情=大手マスコミの主張を国際情勢に持ち出していた宮沢政権を踏襲したような外交姿勢を一転させ、加倍政権の外務大臣だった頃が蘇ったような積極外交を進めたが、加倍首相が暗殺されて参議院選挙に大勝すると広島選出の政治家らしい弱腰ぶりが目立つようになっている。これだけ多くの自衛官と海上保安官、警察官や一般国民が殺害されても防衛出動の発令を躊躇し、自衛隊に警察権の行使以上の武器使用を認めず、違法性の瀬戸際で任務を遂行させている。先日、三重県の鈴鹿スカイラインで発生した陸上自衛隊による銃撃犯射殺事案でも国家公安委員長と防衛大臣の報告よりもテレビのニュースを問題視して関係した隊員の警察での取り調べを指示した。
「それではお休み中のところ申し訳ありませんでした。細部は明日登庁されてから報告申し上げます」「君は登庁するのかね。ご苦労さま。おやすみ」電話で話しても頭の回転が回復しそうもないので立野官房長官は諦めて電話を切った。石田首相は意外に酒豪だが、銀行員出身だけに経済関係者との会合が好きなので不得手な防衛や治安問題に煩わされる日々の愚痴を気心知れた相手にこぼしたのかも知れない。
「やはりアメリカ軍はこの機会に北朝鮮の核施設を空襲するんだろうな。Bー2なら完全に破壊できるだろう。それを航空自衛隊が護衛する日米協同作戦か・・・」首相官邸に向かう専用車の後席で立野官房長官は声にしないでこれから始まる原子炉封鎖作戦に付随する計画を反芻した。立野官房長官が政治家として薫陶を受けてきた加倍首相であれば日本への核の脅威の根本解決として覚悟を決めるはずの作戦が今回は不安ばかりが先に立ってしまう。立野官房長官は「総理・・・」と独り言を呟いたがドライバーは反応しなかった。
- 2022/08/16(火) 15:05:10|
- 夜の連続小説9
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