「やっとコンクリート爆弾が完成したようです」「完成と言っても最終試験に合格しただけで製造はこれからだろう」ニューヨークの自衛隊の非合法情報組織・ウィクリー・ジャパン編集部では在アメリカ大使館の防衛駐在官・帖佐陸将補の指示を受けてアメリカ軍が若狭湾の破壊された原子炉の封鎖と同時に北朝鮮の核施設を破壊する作戦計画を調査している。それでもアメリカ国内の反日デモの動向も監視しなければならないため松山1佐が国際連合本部、朝鮮語が専門だった杉本と中国語の本間夫婦は反日デモ、現役時代は高射特科群で地対空ミサイルを取り扱っていた岡倉と航空自衛隊の松本がアメリカ空軍、そしてリンゾーとジュウゾーは5人の誰かに同行して実習と人脈の継承に努めている。今日は岡倉と松本が別々の空軍関係者から切り口が違う同じ情報を仕入れてきたようだ。
「予定よりもかなり時間がかかったが使い物になるんだろうな」「色々と想定外の問題が続出したみたいだ」「何よりも命中精度には苦労したそうだ」相変わらずの杉本の冷めた質問に松本と岡倉が交代で答えた。アメリカ軍としては攻撃を目的に開発を進めている兵器ではないので本来は秘匿する必要はないのだが、レーザー誘導の改良に関してはヘイプウェイの性能に直結するので保全は固かった。それでも暗中模索の研究に行き詰った技術者たちは助言を求めて関係者に相談するようになり、これが2人の情報源になった。
「そこまで手を掛けるくらいなら大型輸送機に鉛入りコンクリートを大量に積んで上空を通過しながら後部ドアを開いて投下すれば済みそうだけど」「ダンプカーみたいにか・・・それは受け狙いか」「間違いなく輸送機が落ちますね」現役時代は輸送幹部だった本間の馬鹿な提案に夫の杉本と航空自衛隊では輸送航空隊で勤務していた松本が呆れたように反応した。本間は朝霞の輸送学校で航空自衛隊第3術科学校の輸送幹部課程に留学経験がある下西教官の教えを受け、入間の第2輸送航空隊を研修したが、部隊ではやはりトラックの運行を管理する運送屋であって学んだ知識を発展させることはできなかった。その点では小牧の第1輸送航空隊の運航統制係の空曹として中東への長期派遣を繰り返してきた松本には敵わない。
「どちらかと言えば戦時中の焼夷弾みたいに容器に詰めたコンクリートを大量に投下した方が効果がありそうだ。所詮、精密誘導なんて繊細な兵器は実戦の役に立たんのだよ」元々は野戦特科だった杉本は20世紀前半に世界の海軍が競い合っていた対艦巨砲主義のような見解を述べた。敗戦後の日本では開戦直後に世界最大の46サンチ砲9門を持つ戦艦・大和と武蔵を就役させた日本海軍だけが兵器の潮流に乗り遅れていたかのように揶揄するが、同時期にアメリカ海軍が3隻就役させたアイオワ級戦艦はパナマ運河を通過するため艦体に制約を受けて40サンチ砲9門になったのだ。むしろ日本海軍は大和級3番艦の信濃を航空母艦に改造しているのでこの評価は意図的な事実誤認だ。むしろ日本海軍が誤ったのは兵器を操縦する搭乗員の育成に要する時間と労力を無視して旧態依然の武士道精神で無駄死にさせたことだろう。
「問題はアメリカの狙いが核施設なのか、それとも弾道ミサイル基地なのかだ」「国連大使の発言を聞いていても焦点が絞れません」「ワザとぼやかしているんじゃあないでしょうか」コンクリート詰め投下弾が製造段階に入ったことを確認した松山1佐は熟練した諜報部員たちに本題の二次作戦について意見を求めた。するとまだ見習いとして安全保障理事会に同行しているリンゾーとジュウゾーが反応した。確かにアメリカの国連大使は今回の原子炉破壊を北朝鮮の弾道ミサイルによる新たな核攻撃とする認識を安全保障理事会に共有させてからは中国とロシアが主張する「経済制裁の段階は過ぎた」と武力制裁を要求してきたが、攻撃対象が以前から非難決議と経済制裁の対象になっている核開発の関連施設なのか、弾道ミサイルの工場や基地なのかは明言していない。アメリカが今回の原子炉破壊事件を「新たな核攻撃」と定義した以上、どちらも懲罰の対象になり得る。
「最近の反日デモでは半島系の移民が『書記長陛下を守れ』と声を上げるようになっているが、具体的な情報は掴んでいないようだ」「華僑としては一般アメリカ人の反発が高まっていることを警戒して新たな火種の持ち込みは制限したいようだけど難しいみたい」ここで杉本・本間夫婦が反日デモの現状を絡めてきた。一般的な国際的情報活動(=スパイ組織)は情報を収集する諜報要員と分析・精査・評価する解析要員の2重構造の分業だが、この非合法な情報活動では事前に分析・評価した上で防衛駐在官が組み込まれている外務省の公式ルートと在日アメリカ軍の軍事通信ルートを選択して日本に送達しなければならないのだ。
「Bー2なら両方一挙にも可能でしょう。そうなると攻撃目標の上空を通過しなければならないレーザー誘導爆弾よりも巡航ミサイルの方が有効です」唐突な松本の見解に見習い2人は感心したが熟練の同僚たちはこれが単なる推理に過ぎないことを察して黙殺した。
- 2022/08/18(木) 16:04:08|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0